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これまでの放送内容 -テレビ西日本(TNC)-

2018年11月27日(火)

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大舞台 中洲に裏方あり~不動産営業マン奮闘記~

九州最大の歓楽街中洲。毎年150軒前後の店が開店、閉店する不動産激戦区を舞台に、裏方として奮闘する不動産営業マンの姿を追った

 九州最大の歓楽街・中洲。福岡市を流れる那珂川と博多川に挟まれたエリアには約2800店のクラブやバーなどが集まっています。ネオンが輝く夜が印象的な街中洲、実は年に150軒前後の店が出店、そして閉店していく『不動産激戦区』でもあるんです。
 そんな激戦区で、若手ママたちの出店を裏方としてサポートし、契約を重ねる不動産の女性営業マンがいます。常にトップの売り上げを誇る彼女、その営業のやり方とは。

出演者:ナレーション 橋本真衣(TNCアナウンサー)

制作局テレビ西日本(TNC)

2018年11月13日(火)

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芸に生きる

博多券番に所属する半玉(芸妓見習い)の琴音さん、18歳。昼はお稽古、そして夜はお座敷。本格的な芸妓生活を送り始めた彼女の姿を追いかけた。

 博多の美しき伝統芸能「芸妓」。全盛期は2000人を誇った博多芸妓衆も、現在はわずか18人にまで減少した。そんな芸妓衆が期待を寄せるのは、2017年6月に“半玉デビュー”を果たした18歳の琴音さんだ。昼はお稽古、夜はお座敷と本格的な芸妓生活を送り始めたばかり。そして年に1回、博多の芸妓衆がお客さんの前で踊りを披露する「博多をどり」に、半玉として舞台に立つ琴音さん。 なぜ彼女は芸妓の道を選んだのか、そしてどんな思いで芸妓をやっているのか。一人前の芸妓を目指す18歳の姿を追いかけた。

出演者:【ナレーション】 津野瀬果絵(TNCアナウンサー)

制作局テレビ西日本(TNC)

2018年10月23日(火)

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帰ってきた流木~“負の遺産”で復興を~

「流木が帰ってきた」。昨夏の九州北部豪雨で被害を拡大させた流木。それを活用しての復興策を考えたのは被災者だった。

 昨年7月、福岡・大分を襲った九州北部豪雨。被害を拡大させたといわれるのが、山から流れ出てきた「流木」。家を押し流し、街を飲み込んだ“負の遺産”を、あえて復興に使おうとしたのが、被災者の里川径一さん41歳。あさくら観光協会の事務局長を務め、ボランティアなどの経験豊富な里川さんが思い付いたのは、流木を使って、アウトドアなどに使用するウッドキャンドルをつくること。 クラウドファンディングで資金を募り、全国から支援の声が届く中、妻の裕美さんは不安を抱えていた。災害から5カ月後。復興を祈る火を灯すため、ウッドキャンドルに生まれ変わった流木が、被災地に帰ってきた。

出演者:【ナレーション】 新垣泉子(テレビ西日本アナウンサー)

制作局テレビ西日本(TNC)

2018年9月25日(火)

中洲ママは4刀流

「2児の母」「現役女子大生」「高級クラブのママ」、そして「夜間保育園の園長」。寝る間を惜しんで“4刀流”で汗をかき続けるシングルマザーの奮闘ぶりに密着。

九州一の歓楽街、福岡市・中洲。そのすぐそばの商店街に2017年秋、小さな夜間保育園がオープンした。園の名前は「マミーハウス」、保育時間は午後2時~翌朝6時。子供を預ける親のほとんどが夜の中洲で働くシングルマザーである。
この夜間保育園を経営するのは草野真由美さん(52)。草野さんは10歳の時に両親が離婚。18歳の頃から中洲で働き、自らもシングルマザーとして10代の子供2人を育てている。
人生の転機が訪れたのは30代の時。生後間もない娘を保育施設に預けようとした際、施設内にいた子供達と眼が合い、自分が幼い頃に抱えていた「言葉にならない孤独感」が蘇った。
「小さい私がここにいる・・・」
草野さんはその後、シングルマザーとその子供達の環境作りに奔走する。そしてようやく開園にこぎ着けた。
“2児の母”、“現役女子大生”、“高級クラブのママ”、そして“夜間保育園の園長”。寝る間を惜しんで「4刀流」で汗をかき続ける草野さんの奮闘ぶりに密着。
 また番組では「マミーハウス」に子供を預ける「シングルマザー」の思いにも迫る。

制作局テレビ西日本(TNC)

2018年8月7日(火)

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畳屋ラッパー McTatami

老舗畳襖店の4代目はラップミュージシャン「心はひとつ」畳と音楽で被災地を元気に!

 福岡県朝倉市で100年以上続く徳田畳襖店の4代目、徳田直弘さん(27)。実は徳田さんには畳職人以外に、もう一つの顔があります。それは「畳屋ラッパー McTatami」。畳の歌で畳業界を盛り上げようと活動する、異色のミュージシャンです。「畳屋ラッパー」として5年、以来一人でも多くの人に畳の素晴らしさを知ってもらいたいと畳を題材とした歌を作り続けてきました。
 そんな彼の音楽性を変える、大きな出来事が起こります。それは2017年7月5日の「九州北部豪雨」。彼の地元朝倉市を未曾有の集中豪雨が襲ったのです。傷ついた故郷を目の当たりにした彼の心に、歌で地元を元気にしたいという新たな思いが生まれます。
 「McTatami」として被災地応援ソングで町を盛り上げる一方、本業の畳職人として一畳でも多くの畳を作り、被害があった家屋の畳をかえる。
 地元を愛し、歌と畳で地元を元気にする1人の若者の姿を追いかけました。

制作局テレビ西日本(TNC)

次回放送内容

OA:2026.08.16(日)

2020年、1人の女性と出会った。桑代チノさん(当時91歳)。チノさんが生まれ育ったのは鹿児島県南九州市知覧町。かつて本土最南端の特攻基地があった場所だ。1945年3月特攻隊が次々と編成された当時、知覧高等女学校の女学生だったチノさんは命令で特攻隊員の奉仕活動にあたった。隊員の世話にあたった女学生は約100人。校章の「なでしこの花」から“なでしこ隊”と呼ばれた。チノさんには忘れられない日があった。4月12日第二次総攻撃が行われた日。次々と飛び立つ特攻隊員を、八重桜を振って見送った。当時を語り出すチノさんの目は涙で濡れる。チノさんは、入退院を繰り返す様になった。そして、話を聴くことさえできなくなる。チノさんの長男の照明さんが戦争を語り継ぐ活動を始めた。“なでしこ隊”だった母の仲間たちに話を聴く。“なでしこ隊”の思いに胸を打たれ、やがて多くの人々へ母の経験した“なでしこ隊”の記憶を語り始めた。日本人の88.8%が戦後生まれになった今、チノさんたち“なでしこ隊”が語ってくれた言葉から改めて80年前の戦争について考える。

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