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これまでの放送内容 -2025年-

2025年6月29日(日)

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僕らの道

舞台は鹿児島市の郊外、黄色い電車が走る街、谷山。定時制高校に通う10代の若者たちに出会った。回り道をしてそれぞれの“青春”にたどり着いた高校生たちの物語。

鹿児島県立開陽高等学校定時制課程。午後から夜にかけての授業が行われている。彼らが語る“普通の道”と“普通ではない道”。彼らはかつて、それぞれの理由で学校に行けなくなる日々を体験し、それぞれの思いを抱えてこの学校にたどりついた。
何が彼らを苦しめてきたのか―。
道が開けたのは、なぜなのか―。全国の小中学校で「不登校」の児童生徒の数が増え続けている。(2023年度には前年度から15・9%増の34万6482人となり、過去最多を更新した。)
揺れる時代―、回り道をしてそれぞれの“青春”にたどり着いた高校生たちの物語。

制作局鹿児島テレビ放送(KTS)

2025年6月22日(日)

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命を助けるということ 未来を担う救急医の挑戦

昼夜を問わず、救急患者が搬送されてくる福岡市の総合病院。ここに一人の救急医がいる。これまで多くの災害医療にも関わってきた彼が目指す、救急医療のあり方とは。

福岡市の中心部、天神に位置する済生会福岡総合病院の救命救急センター。ここに久城正紀という医師がいる。救急車で運ばれてきた様々な患者の処置を行う救急医だ。研修医時代、救急医療の魅力を知った久城医師は済生会福岡総合病院で研鑽を重ね、その後、ドラマ「コード・ブルー」のモデルにもなった千葉県の病院でフライトドクターを務めた。ドクターヘリの搭乗回数は500件を超える。他にも、福岡県での豪雨災害や能登半島地震など、多くの災害医療にも携わってきた救急医療のスペシャリストだ。そんな久城医師が福岡に帰ってきたのは3年前。これまでの経験を地元福岡に還元したいと話す。40歳を迎える今年、彼が目指す救急医療のあり方とは。

2025年6月15日(日)

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沖縄の紅(いろ)に魅せられて

紅型作家・縄トモコ(40)。沖縄の伝統工芸である紅型に惚れ込んだ彼女は、地元の鳥取県を離れ沖縄で紅型作家として活動している…

紅型作家・縄トモコ(40)。沖縄の伝統工芸である紅型に惚れ込んだ彼女は、地元の鳥取県を離れ沖縄で紅型作家として活動している。人生を模索していた20代、紅型との出会いが転機となった。いわゆるお土産品などで見かける紅型とは少し柄や色が変わった彼女の紅型は、沖縄県内のリゾートホテルや街中でも見かけることが増えている。「好きなことをして生きていく」そんな彼女の日常を鮮やかな紅型作品とともに伝えていく。

出演者:縄トモコ、矢舟章浩、梅原龍、網なおき、水野小巻

制作局沖縄テレビ放送(OTV)

2025年6月8日(日)

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走!パラ陸の星

パラアスリート大川内健太さん。知的障害クラスの800Mと1500Mで日本の強化選手にも指定されるなど、将来を期待される「パラ陸の星」の挑戦を追います

2024年3月に伊万里特別支援学校を卒業した大川内健太さんは、2023年10月に中国・杭州で開催された「アジアパラ大会・男子1500メートル」で見事に優勝し、一躍注目を浴びる存在となりました。初めての国際大会で金メダルを獲得した健太さんは、パラ陸上界の新星として期待されています。知的障がいがある健太さんは兄の影響で陸上を始めると、その才能が徐々に開花。練習を重ねるたびに記録を伸ばし、各年代の大会で好成績を収めてきました。2024年は5月にパラ世界陸上、8月末にはパリ2024パラリンピック、そして10月には国スポ・全障スポと、ビッグイベントが目白押しです。4月からは地元・伊万里の企業に就職し、環境が大きく変わった中でのチャレンジ。あどけない笑顔を見せながらも「目標は自己ベストの更新(3分52秒)」と力強く語る「パラ陸の星」の挑戦を追います。

出演者:パラアスリート 大川内健太  伊万里実業高校陸上部顧問 松永勝広

制作局サガテレビ(STS)

2025年6月1日(日)

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旅の途中~野口修 いまだ人生を語らず~

自らの信念と向き合う野口修さんが何を求め何処へ向かおうとしているのか、終の棲み家に選んだ里の日々を追います。

八代市坂本町の鮎帰(あゆがえり)地区にある日光(にちこう)棚田。標高420メートル、里山に囲まれ階段状に連なる田畑の景色はどこか懐かしく安らぎを覚えます。1999年『日本の棚田百選』にも選ばれました。しかし、今は過疎化と相次ぐ離農で耕作放棄地が目立ち、田んぼは畑に切り替わり棚田の風情は過去のものとなろうとしています。この日光棚田で僅かに残った数枚の田んぼで唯一米作りに取り組んでいるのが、野口修さんです。年齢は87歳、農業の経験も無ければ地主でもありません。

野口さんは、2016年広島から坂本町に単身移住、79歳の時でした。数年後日光棚田に出会います。それは素人目線の安易な発想だったかもしれません。廃れていく棚田に想いを募らせ景観を維持できないかと…、野口さんは2020年元米農家の田んぼを借りて米作りを始めます。春は田起こし、苗ができれば田植え、収穫の秋まで水の管理や田の草取り、厄介なシカの防除に至るまで片時も目が離せません。野口さんは苦労をものともせず、四度目の秋を迎えることができました。

野口さんは収穫の喜びとは別に、新たな目標に向かって歩き出していました。本人曰く“僧侶”になると、坂本町へ移住を世話してくれたお寺の住職の力になければと話します。住職の体調を案じた末の決断でした。僧侶の資格を取るため、野口さんはこれまで通信教育でお寺の宗派に関する作法やお経を学んできました。最終課程は京都、得度(とくど)習礼(しゅらい)と呼ばれる修行に入ります。
80歳を目前に単身移住。棚田の景観を守ろうと挑む米作り。そして、今度は僧侶になろうと一念発起。野口さんは、鮎帰の里に新しい風を起こそうとする革命児なのかも!? 何が自身をそうさせるのか!?世の中を憂い立ち上がった青春期に答えは有るようです。
荊(いばら)の道を怯まず自らを進化させ続ける野口さんは間もなく米寿。人生100年時代を迎え、余生を謳歌する今はまだ旅の途中かも知れません。番組では、自らの信念と向き合う野口さんが何を求め何処へ向かおうとしているのか、終の棲み家に選んだ里の日々を追います。

出演者:野口修・山本隆英・鮎帰地区の住民

制作局テレビ熊本(TKU)

次回放送内容

OA:2025.07.06(日)

若くして格闘技の最高峰K-1の王者に上り詰めた青年。初の防衛戦は、プロで唯一の敗北を喫した相手とのリベンジ戦。チャンピオンとして勝ち続けなければならないプレッシャーは今までに経験したことのないものだった。果たして、“若き王者”はチャンピオンベルトを守ることはできるのか?試合までの日々を追った。

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