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これまでの放送内容 -テレビ宮崎(UMK)-

2010年3月21日(日)

前へ!前へ! ~車いすマラソンがつなぐ親子の絆~

宮崎県日南市出身の池田泰允さん、23歳。高校時代はHIPHOPダンス部に所属し、全国制覇を果たすほど活発な青年だった。

しかし4年前の夏、人生が一変。仲間とキャンプに出かけ川へ飛び込み、頚髄を損傷。首から下が完全に麻痺した。その後大分県別府市でリハビリを続け、自立への道を歩み始めた池田さん。ハンディキャップを持ちながら社会の中で生きていくことは容易いことではない。池田さんは己の限界を知るために、自らに「車いすマラソン完走」という目標を掲げた。

多くの壁にぶち当たりながらも前進し続ける青年と家族との絆を描く。

制作局テレビ宮崎(UMK)

2009年10月4日(日)

幸福な貧乏人 ~刀匠 松葉國正~

平安時代末期に生まれ、人を殺す武器として使用されてきた日本刀。

刀剣類の中で最強・最高峰の呼び声も高く、またその美しさから美術品としての評価も高い。そんな日本刀を作り続けている匠が宮崎県日向市にいる。宮崎県日向市に住む、松葉一路(刀匠名:松葉國正)。昨年の新作名刀展で日本美術刀剣保存協会会長賞を受賞し、日本一に輝いた名匠である。かつては、別の夢を追いかけてアメリカへ渡ったこともあった。しかし挫折して帰国。

その後、居合の作刀依頼で訪ねた刀匠へ弟子入りし、刀鍛冶としての道を歩み始めたのが26年前。以来500振以上の刀を作ってきた。「決して儲かる仕事ではないが、刀作りはすごく面白いですよ」自身の職業を「幸福な貧乏人」という言い方で表現する松葉。100年に一度の大不況と言われる今、刀作りにすべてをかける刀匠のこだわりとは。また、そこまで人を魅了する日本刀の魅力とは。「デジタル」が日々進化を遂げる中で、昔から変わることのない「アナログ」な匠の技やこだわりを通して、日本刀の文化的価値を再確認する。

制作局テレビ宮崎(UMK)

2009年9月13日(日)

幸福な貧乏人 ~刀匠 松葉國正~

平安時代末期に生まれ、人を殺す武器として使用されてきた日本刀。

刀剣類の中で最強・最高峰の呼び声も高く、またその美しさから美術品としての評価も高い。そんな日本刀を作り続けている匠が宮崎県日向市にいる。宮崎県日向市に住む、松葉一路(刀匠名:松葉國正)。昨年の新作名刀展で日本美術刀剣保存協会会長賞を受賞し、日本一に輝いた名匠である。かつては、別の夢を追いかけてアメリカへ渡ったこともあった。しかし挫折して帰国。

その後、居合の作刀依頼で訪ねた刀匠へ弟子入りし、刀鍛冶としての道を歩み始めたのが26年前。以来500振以上の刀を作ってきた。「決して儲かる仕事ではないが、刀作りはすごく面白いですよ」自身の職業を「幸福な貧乏人」という言い方で表現する松葉。100年に一度の大不況と言われる今、刀作りにすべてをかける刀匠のこだわりとは。また、そこまで人を魅了する日本刀の魅力とは。「デジタル」が日々進化を遂げる中で、昔から変わることのない「アナログ」な匠の技やこだわりを通して、日本刀の文化的価値を再確認する。

制作局テレビ宮崎(UMK)

2009年7月5日(日)

日々是勉強! 86歳青春一直線!!

宮崎県新富町在住の清トシ子さん(86)は80歳の頃当時日本最高齢の女子高生として通信制高校を卒業した。

その後同世代の心の悩みを癒すため心理カウンセラーの資格を取得。現在も勉学に励む学生顔負けのおばあちゃん。六十の手習いならぬ八十の手習いで書道・三味線・俳句などの趣味を始めている。

ある日老人ホームにいるおばを訪ねたトシ子おばあちゃん。おばの元気がなかったことをきっかけに、自ら慰問を計画。今まで習ってきた書道・三味線等を披露する。

【出演者】清トシ子
【ナレーター】小西麻衣子(テレビ宮崎アナウンサー)

制作局テレビ宮崎(UMK)

2009年5月24日(日)

日々是勉強! 86歳青春一直線!!

宮崎県新富町在住の清トシ子さん(86)は80歳の頃当時日本最高齢の女子高生として通信制高校を卒業した。

その後同世代の心の悩みを癒すため心理カウンセラーの資格を取得。現在も勉学に励む学生顔負けのおばあちゃん。六十の手習いならぬ八十の手習いで書道・三味線・俳句などの趣味を始めている。

ある日老人ホームにいるおばを訪ねたトシ子おばあちゃん。おばの元気がなかったことをきっかけに、自ら慰問を計画。今まで習ってきた書道・三味線等を披露する。

【出演者】清トシ子
【ナレーター】小西麻衣子(テレビ宮崎アナウンサー)

制作局テレビ宮崎(UMK)

次回放送内容

OA:2026.03.08(日)

100年前の1926年、現在の熊本県山鹿市鹿本町で、15歳の芹川文彰(せりかわ・ぶんしょう)さんが無声映画『実録 忠臣蔵』(1926年公開)を鑑賞。その記憶を頼りに3年をかけて、映画を丸ごと絵で再現したペン画集を作った。迫力あふれるタッチ、フキダシの中のセリフ、スピード感の描写などはまるでマンガのようだ。約500コマ、160ページにも及ぶ。しかし、それは家族以外の誰の目にふれることもなく、実家に眠っていた。芹川さんは東京の美術学校に進学し、病気のために中退。熊本に帰り、人付き合いはほとんどせず、実家で絵を描いて暮らした。最後の4年間は入院し、そこで描いた絵を病院のスタッフに全て譲り、73歳で亡くなった。2020年、伯父・文彰の遺品であるペン画集を芹川英治(えいじ)さんに見せてもらった元新聞記者の松尾正一(まつお・しょういち)さんは驚き、京都の『おもちゃ映画ミュージアム』に見てもらった。偶然にもそこには、元の映画の66分短縮版フィルムが寄贈されていた。文彰さんのペン画集はそれを補完する映画史の資料として、また、マンガ史を語る上で貴重な資料とされている。ペン画集は「キネマ画」と名付けられ、2021年と2024年にそれぞれ京都で活動写真弁士・坂本頼光さんとピアニストの天宮遥さんによって上演され、絶賛された。そして、熊本市でも2025年12月14日、赤穂浪士討ち入りの日に活弁上演会を開催。300席の会場は満席となり、90分に及ぶ大迫力の活弁と情感あふれるピアノ演奏で大成功を収めた。番組では芹川文彰さんが描いたキネマ画『忠臣蔵』の魅力を伝え、それをよみがえらせるために奔走する人々の思いを見つめる。

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