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これまでの放送内容

2015年1月18日(日)

笑顔の力 写心家 柳田かおり

2年前に「アスペルガー症候群」と診断された女性カメラマン。障がいを公表しながら写真展を開くなど『写心家』として活動している。彼女が写真を通して伝えたい想いとは?

延岡市在住の柳田かおりさん(36)さんは21歳の頃から婚礼などの記念写真を担当するフリーカメラマンとして活動している。しかし、一昨年2月に「アスペルガー症候群」と診断された。▼アスペルガー症候群とは社会性・興味・コミュニケーションについて特異性が認められる広汎性発達障がいで、「知的障がいがない自閉症」として扱われることも多い。▼幼い頃から「少し変わった子」として扱われ、思春期にはいじめられた経験も多かった。そのストレスから解離性障がいや原因不明の体調不良を併発することも。医師に診断され、改めて「障がい者」となった柳田さんは、「自分の正体が分かって素直に嬉しかった」と語る。▼障がいがわかって以降『人々の笑顔』を撮り続け、写真展を開いている。「障がい者と健常者が助け合える社会を作りたい」「写真展が障がい者への理解を深めるきっかけになれば嬉しい」と積極的に活動を続けている。▼自分の障がいを公表する事で周囲の環境は大きく変わった。夫をはじめ、周りには理解ある仲間達が集まり彼女をサポートする一方、彼女自身様々な人に元気を与えている。そんな柳田さんは、障がい者として活動する今の自分の集大成として、熊本県阿蘇在住の義手の詩人・大野勝彦氏の詩と自分の撮った写真をコラボレーションした、これまでに開いた事のない写真展の開催を決意。写真展開催までの暮らしを追いかけ柳田さんが写真を通して伝えたい想いを描く

出演者:柳田かおり 大野勝彦

制作局テレビ宮崎(UMK)

次回放送内容

OA:2026.09.13(日)

 菊池恵楓園所者自治会の太田明副会長は今年1月、園内にかつて存在した野球チーム『オール恵楓』のユニホームを復刻した。それは園の憧れの的だった若者たちが着ていたものだった。園内で野球が盛んになったのは1930年で、居住区別の3チームと職員チームによる対抗戦が始まった。国による強制隔離が進み、いわゆる「患者狩り」に拍車がかかった結果、比較的症状の軽い高校生やノンプロ選手が入所したからといわれている。園内選抜チーム『オール恵楓』は1952(昭和27)年9月、トラックで初の県外遠征試合に出発。無断外出は厳しく処分されるおそれがあったが、患者たちは「園外で試合がしたい」と秘かに鹿児島県鹿屋市にある国立療養所星塚敬愛園の自治会と手紙をやり取りして、試合をする段取りをつけていた。トラックの荷台に布団を敷いて揺れに耐え、途中の道で警官に見つかった。運転手が「らい患者を輸送中だ」と偽ったところ、警官は「この道を通ったらいかん。山の中を通って行け」と蔑んだという。一行は約12時間かけて、星塚敬愛園に到着。1週間滞在して4試合を行い、2勝2敗だった。メンバーで一番若く補欠だった田中照幸さんは当時を懐かしく振り返った。一方、入所者自治会の太田明副会長は『オール恵楓』鹿児島初遠征の1952年、小学2年生のときに入所し、大いに野球を楽しんだ。そして、岡山県の国立療養所長島愛生園にかつて存在した『邑久高校 新良田教室』に進学し、野球部に所属。1960(昭和35)年夏、野球部は「俺達には修学旅行がないから、高校時代の思い出をつくろう」と園に「里帰りする」と偽って外出し、東日本5カ所の療養所を列車で巡る遠征試合を敢行した。園からの帰還命令を無視した大冒険に、太田さんは「あんな痛快で、開放感を味わったことはない」と振り返る。太田さんは恵楓園で野球が盛んだったことをを知ってもらおうと、恵楓園の一部施設跡地に2021年に開校した合志市立合志楓の森中学校野球部の部員と『オール恵楓』復刻ユニホームを着て、キャッチボールを楽しんだ。番組では、ハンセン病患者たちがいわれなき差別の中で見出した希望と情熱の日々を見つめる。

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