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これまでの放送内容 -2020年-

2020年4月21日(火)

苦闘~旭化成陸上部 マラソン代表への道~

駅伝で古豪復活を果たした名門・旭化成陸上部が、2020年東京オリンピックでマラソン日本代表を目指して戦う姿を追ったドキュメンタリー

2019年元日のニューイヤー駅伝で日本一3連覇を達成した旭化成陸上部。古豪復活を果たしたかに見えたが、次なる大きな壁にぶち当たっていた。今、日本の陸上長距離界の最大の関心事は2020年東京オリンピック・マラソン代表が誰になるかである。まず何よりも2019年9月に開催が決定したマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)の切符を手にすることが代表への道となる。現在MGCファイナリストとして名を連ねているのは30人だが(2019年3月時点)、旭化成陸上部から出場を決めた選手は未だゼロ。これまで日本のマラソン界を牽引し続けてきた旭化成陸上部にとって、自国開催のオリンピックでマラソン代表選手を輩出することは大命題だった。番組では期待される2人の選手を中心に長期取材。五輪に向けて様々な想いを胸にプライドをかけて走る選手たちの姿に密着しつつ、マラソン旭化成復活への道程に迫ったスポーツドキュメンタリー。

出演者:旭化成陸上部 監督:西政幸 村山謙太 大六野秀畝 ほか

制作局テレビ宮崎(UMK)

2020年4月14日(火)

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えくぼとほくろ~肥前吉田焼の挑戦~

佐賀県嬉野市にある「吉田皿屋地区」。400年の歴史を誇る「肥前吉田焼」を守る小さな焼き物の里です。

佐賀県嬉野市にある「吉田皿屋地区」。400年の歴史を誇る「肥前吉田焼」を守る小さな焼き物の里です。全盛期には20もの窯元がありましたが、現在は7つにまで減ってしまいました。そんな焼き物の里を活性化させようと、陶芸家「辻諭」が産業観光に挑戦。「特徴がない」と言われる産地に、どうやって観光客を呼び込むのか?若き陶芸家の挑戦を追いました。

出演者:辻 諭

制作局サガテレビ(STS)

2020年4月7日(火)

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ゲーマーズ・ハイ~始まる琉球eスポーツ~

話題のeスポーツについて沖縄の現状をお伝えします

賞金総額何十億円と言われる大会が開かれ、プロゲーマーと呼ばれるゲームでお金を稼ぐ人々が存在する話題のeスポーツ。盛り上がりを見せるeスポーツの世界。それは沖縄も例外ではありません。沖縄におけるeスポーツの取り組みを県内唯一のプロゲーマー、KYAMEIとeスポーツを広める活動をするOkinawaOnedotの代表、K太を中心に取り上げました。沖縄を拠点に活躍するサッカーJ2FC琉球と地元企業が連携して立ち上げたeスポーツチーム「FC琉球」と契約を結び沖縄でプロゲーマーとなったKYAMEI。彼は京都出身で大阪で育ちました。一方、K太は沖縄で生まれ育ち本職を持ちながらeスポーツを広めるための活動を続けています。彼らの愛するゲームの原点はどこにあるのでしょうか。それぞれの活動を追い、沖縄のeスポーツの現状をお伝えします。

制作局沖縄テレビ放送(OTV)

2020年3月31日(火)

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RE START~久住のラッパー物語~

大分県竹田市久住町を拠点に活動を続けているラッパーの児玉啓佑さん。何をやっても中途半端だった青年が今度こそ夢を貫きたいとプロのラッパーを目指す葛藤と成長の物語。

ラッパーの児玉啓佑さん(32)は、あえて地元である竹田市久住町を拠点に活動を続けている。ラップと出会いは中学生の時。気持ちを言葉に乗せ、自由に表現できるラップの面白さにどんどん惹かれていった。勉強も運動も苦手、何をやっても中途半端だった人生で、唯一夢中になれたのがラップ。そしていつしかプロのラッパーを目指すようになった。
啓佑さんの実家はガソリンスタンド。両親は一年中休む暇なく働き、啓佑さんと2人の兄を育ててきた。両親が啓佑さんに望む事は唯一つ「食べていける仕事を持ってほしい。」ということ。その思いを知れば知るほど 啓佑さんはプロのラッパーになりたいという本当の気持ちが言えなくなり、両親と素直に向き合うことができずにいた。
これは、何をやっても中途半端だった青年が今度こそ夢を貫きたいとプロのラッパーを目指す葛藤と成長の物語。

出演者:児玉啓佑(K-SK) 【ナレーター】 藤村晃輝(TOSアナウンサー)

制作局テレビ大分(TOS)

2020年3月24日(火)

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最後は笑ったもん勝ち

突然の病で手足を失った横田久世さん(42)。受け入れがたい現実を突きつけられ家族との間にも葛藤が…。以前の自分を取り戻すため奮闘する一人の女性の姿を追った。

2017年12月高熱と激しい脚の痛みに襲われた女性がいる。横田久世さん。夫と娘2人で暮らすごく普通の主婦だった。そんな久世さんを突然襲った病は、四肢末梢に壊死をきたす感染症「電撃性紫斑病」だった。両足と両指を切断。命を救うための苦渋の選択だった。「どうやって生きていけばいいのか。なぜ生かしたのか。」受け入れがたい現実を突きつけられ、家族との間にも葛藤が…。以前の自分を取り戻すため奮闘する久世さんの姿を追った。

出演者:横田久世

制作局テレビ熊本(TKU)

次回放送内容

OA:2026.09.13(日)

 菊池恵楓園所者自治会の太田明副会長は今年1月、園内にかつて存在した野球チーム『オール恵楓』のユニホームを復刻した。それは園の憧れの的だった若者たちが着ていたものだった。園内で野球が盛んになったのは1930年で、居住区別の3チームと職員チームによる対抗戦が始まった。国による強制隔離が進み、いわゆる「患者狩り」に拍車がかかった結果、比較的症状の軽い高校生やノンプロ選手が入所したからといわれている。園内選抜チーム『オール恵楓』は1952(昭和27)年9月、トラックで初の県外遠征試合に出発。無断外出は厳しく処分されるおそれがあったが、患者たちは「園外で試合がしたい」と秘かに鹿児島県鹿屋市にある国立療養所星塚敬愛園の自治会と手紙をやり取りして、試合をする段取りをつけていた。トラックの荷台に布団を敷いて揺れに耐え、途中の道で警官に見つかった。運転手が「らい患者を輸送中だ」と偽ったところ、警官は「この道を通ったらいかん。山の中を通って行け」と蔑んだという。一行は約12時間かけて、星塚敬愛園に到着。1週間滞在して4試合を行い、2勝2敗だった。メンバーで一番若く補欠だった田中照幸さんは当時を懐かしく振り返った。一方、入所者自治会の太田明副会長は『オール恵楓』鹿児島初遠征の1952年、小学2年生のときに入所し、大いに野球を楽しんだ。そして、岡山県の国立療養所長島愛生園にかつて存在した『邑久高校 新良田教室』に進学し、野球部に所属。1960(昭和35)年夏、野球部は「俺達には修学旅行がないから、高校時代の思い出をつくろう」と園に「里帰りする」と偽って外出し、東日本5カ所の療養所を列車で巡る遠征試合を敢行した。園からの帰還命令を無視した大冒険に、太田さんは「あんな痛快で、開放感を味わったことはない」と振り返る。太田さんは恵楓園で野球が盛んだったことをを知ってもらおうと、恵楓園の一部施設跡地に2021年に開校した合志市立合志楓の森中学校野球部の部員と『オール恵楓』復刻ユニホームを着て、キャッチボールを楽しんだ。番組では、ハンセン病患者たちがいわれなき差別の中で見出した希望と情熱の日々を見つめる。

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