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これまでの放送内容

2010年6月13日(日)

世界中まわってもここが一番 ~ふるさと・限界集落の灯が消える日~

2008年の春(3/12)鹿児島県が行った集落状況調査の結果“今後10年以内に45集落が消滅の可能性がある”と市町村が回答。

さらに65歳以上が50%以上を占め集落機能維持が困難な状況に置かれている、いわゆる限界集落は258集落ある。

薩摩川内市東郷町藤川の標高500~600メートルにある津田集落。車がやっと1台通るほどの道を上っていくと朽ち果てた家々が目にとまる。戦前戦後から林業が盛んな時代には38世帯150人あまりが暮らしていたが、今は3世帯5人が暮らす限界集落だ。2年半前の春、そこで暮らす津田キリさん(80)に会った。キリさんは津田集落で生まれ、集落の男性と結婚、80年間すごしてきた。何故今までこの集落で暮らしたのかキリさんに聞いてみると「世界中まわってもここが一番良い、どこを回っても我が家はありません」と答えた。山の暮らしは楽ではない。シカ、イノシシなどの被害、飲み水、と苦労はするが、やはりふるさとが良いのだ。

キリさんは3週間に一度歩いて病院に通っていた。山を下るとき50分、帰りの上がりは1時間30分かけて通院していた。取材し始めてから2年目、腰と目の病気が悪化し一人で通えなくなり、そして去年の11月の末に、81年間暮らしたふるさとを離れたのだった。番組では、津田キリさんと出会ったその日から森の恵みを受けて暮らす山の村の2年3ヶ月を追う。

制作局:鹿児島テレビ放送(KTS)

次回放送内容

OA:2026.10.11(日)

100 年前の1926年、現在の熊本県山鹿市鹿本町で、15歳の芹川文彰( せりかわ・ぶんしょう) さんが無声映画『実録 忠臣蔵』(1926 年公開) を鑑賞。その記憶を頼りに3 年をかけて、映画を丸ごと絵で再現したペン画集を作った。迫力あふれるタッチ、フキダシの中のセリフ、スピード感の描写などはまるでマンガのようだ。約500 コマ、160 ページにも及ぶ。しかし、それは家族以外の誰の目にふれることもなく、実家に眠っていた。芹川さんは東京の美術学校に進学し、病気のために中退。熊本に帰り、人付き合いはほとんどせず、実家で絵を描いて暮らした。最後の4年間は入院し、そこで描いた絵を病院のスタッフに全て譲り、73歳で亡くなった。2020年、伯父・文彰の遺品であるペン画集を芹川英治( えいじ) さんに見せてもらった元新聞記者の松尾 正一( まつお・しょういち) さんは驚き、京都の『おもちゃ映画ミュージアム』に見てもらった。偶然にもそこには、元の映画の66分短縮版フィルムが寄贈されていた。文彰さんのペン画集はそれを補完する映画史の資料として、また、マンガ史を語る上で貴重な資料とされている。ペン画集は「キネマ画」と名付けられ、2021年と2024年にそれぞれ京都で活動写真弁士・坂本頼光さんとピアニストの天宮遥さんによって上演され、絶賛された。そして、熊本市でも2025年12月14日、赤穂浪士討ち入りの日に活弁上演会を開催。300 席の会場は満席となり、90分に及ぶ大迫力の活弁と情感あふれるピアノ演奏で大成功を収めた。番組では芹川文彰さんが描いたキネマ画『忠臣蔵』の魅力を伝え、それをよみがえらせるために奔走する人々の思いを見つめる。

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