ページトップ
TNCメニュー

これまでの放送内容 -テレビ熊本(TKU)-

2010年1月31日(日)

ノーリミット ~1型糖尿病のエアロビックチャンピオン~

熊本大学大学院2年の大村詠一さん(23)は一昨年、1分45秒の演技で芸術・技術・難度を競う表現スポーツ・エアロビックで日本チャンピオンになりました。

8歳の時に1型糖尿病を発症し、現在も1日5回のインスリン注射が欠かせません。
そして、日本各地で啓発活動を行い、「病気は個性です」と語り続けています。

今年春、大村さんは大学院を修了します。
一時は教師と決めていた進路を変え、選手生活を続けながら、啓発活動に専念することに決めました。主治医の南昌江医師は「病気だからといって、出来ないことはないんです。限界なんてないんです。『ノーリミット』という言葉を胸に生きてほしい」と語ります。
大村さんは多くの人たちに影響を与えています。

阪神タイガースの期待の左腕・岩田稔投手(26)は高校2年生の時に1型糖尿病を発症。プロ野球選手という夢をあきらめかけた時に大村さんと会い、野球を続け、スター選手の仲間入りを果たしました。番組では大村さんの全日本選手権大会や1型糖尿病の啓発活動に密着し、病気とともに生きる姿を見つめます。

制作局:テレビ熊本(TKU)

2009年12月13日(日)

こどもたちへ ~配達人 樋口了一~

ブラジルから届いた差出人不明のメール。老いた親が、あるがままの自分を受け止めて欲しいと子供に綴った手紙。

シンガーソングライターの樋口良一さんは、このメールにメロディーをつけ「手紙」という曲を作り、CDの発売にあわせて生の手紙を届けるライブをはじめた。

介護施設を中心にライブの依頼は300件を越え、これまでに40ヶ所以上で無償のライブを届けたきた。番組では無償のライブを続ける樋口さんの想いと、手紙という曲に希望や勇気を見出した様々な境遇にいる人々を見つめる。

制作局:テレビ熊本(TKU)

2009年11月15日(日)

こどもたちへ ~配達人 樋口了一~

ブラジルから届いた差出人不明のメール。老いた親が、あるがままの自分を受け止めて欲しいと子供に綴った手紙。

シンガーソングライターの樋口良一さんは、このメールにメロディーをつけ「手紙」という曲を作り、CDの発売にあわせて生の手紙を届けるライブをはじめた。

介護施設を中心にライブの依頼は300件を越え、これまでに40ヶ所以上で無償のライブを届けたきた。番組では無償のライブを続ける樋口さんの想いと、手紙という曲に希望や勇気を見出した様々な境遇にいる人々を見つめる。

制作局:テレビ熊本(TKU)

2009年7月26日(日)

その月が割れるまで ~福岡事件・再審請求の行方~

1947年5月、福岡市で軍服の取引にからみ、日本人と中国人の商人2人が殺害された。警察は計画的強盗殺人事件として捜査し、取引の手付金を手にしていた西武雄さん(当時32)を主犯、2人を撃った石井健治郎さん(当時30)を実行犯、5人の男を共犯として逮捕した。

西さんは関与を否定し、石井さんは「自分が撃たれると思ったから撃った」と正当防衛または誤殺を主張した。しかし、1956年に2人は強盗殺人罪で死刑が確定。1975年に西さんの死刑が執行され、同じ日に石井さんは無期懲役に減刑された。

そして、石井さんは1989年に恩赦で仮釈放され、刑務所で教誨師をしていた古川泰龍さんの生命山シュバイツァー寺(熊本県玉名市)に身を寄せた。石井さんは西さんを含め冤罪を主張し、2005年5月に福岡高等裁判所に6度目の再審請求をした。日本の裁判史上初めての死刑執行後の再審請求である。しかし、石井さんは去年11月に死亡。

この西さんと石井さんの名誉回復のため、『叫びたし寒満月の割れるほど』という西さんが獄中で詠んだ句を合い言葉に、古川さんの長男・龍樹さんや福岡の大学生たちが再審の支援活動を続けている。3月31日、福岡高裁は再審請求棄却の決定を出した。失意の底に沈む古川さん一家だったが、学生たちはあきらめず、全国の大学の法学部の教授たちに支援を呼びかける手紙を出した。その姿を見て、古川さんは活動の継続を誓うのだった。

制作局:テレビ熊本(TKU)

2009年6月7日(日)

その月が割れるまで ~福岡事件・再審請求の行方~

1947年5月、福岡市で軍服の取引にからみ、日本人と中国人の商人2人が殺害された。警察は計画的強盗殺人事件として捜査し、取引の手付金を手にしていた西武雄さん(当時32)を主犯、2人を撃った石井健治郎さん(当時30)を実行犯、5人の男を共犯として逮捕した。

西さんは関与を否定し、石井さんは「自分が撃たれると思ったから撃った」と正当防衛または誤殺を主張した。しかし、1956年に2人は強盗殺人罪で死刑が確定。1975年に西さんの死刑が執行され、同じ日に石井さんは無期懲役に減刑された。

そして、石井さんは1989年に恩赦で仮釈放され、刑務所で教誨師をしていた古川泰龍さんの生命山シュバイツァー寺(熊本県玉名市)に身を寄せた。石井さんは西さんを含め冤罪を主張し、2005年5月に福岡高等裁判所に6度目の再審請求をした。日本の裁判史上初めての死刑執行後の再審請求である。しかし、石井さんは去年11月に死亡。

この西さんと石井さんの名誉回復のため、『叫びたし寒満月の割れるほど』という西さんが獄中で詠んだ句を合い言葉に、古川さんの長男・龍樹さんや福岡の大学生たちが再審の支援活動を続けている。3月31日、福岡高裁は再審請求棄却の決定を出した。失意の底に沈む古川さん一家だったが、学生たちはあきらめず、全国の大学の法学部の教授たちに支援を呼びかける手紙を出した。その姿を見て、古川さんは活動の継続を誓うのだった。

制作局:テレビ熊本(TKU)

次回放送内容

OA:2026.10.18(日)

熊本市在住の槌田春義さん・92歳は、かつて兄の出征を見送った熊本駅が見える場所で兄の帰りを待ち続けている。熊本県ブーゲンビル島会に入会し、有志と共に兄の軍歴について調べ始めた槌田さんは、兄が戦死した場所と埋葬された地域を突き止める。記録によると、その場所で戦死した日本人は1人だけ。槌田さんの兄と思われるが確証はない。2022年10月、ブーゲンビル島出身者を熊本に招き、現地がどういう場所なのか話を聞いた。人は住んでいるが、原風景が残る昔ながらの集落らしい。口承文化のため戦争中の話が語り継がれているかもしれないとのこと。2023年6月、熊本県ブーゲンビル島会の有志がブーゲンビル島へ。槌田さんの兄の埋葬場所と思われる場所を目指す。

年別アーカイブ

制作局

  • LINEで送る
ページの先頭へ