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これまでの放送内容

2025年8月31日(日)

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声なき語り部の聲

戦争遺跡を通して、「戦争の記憶」と「教訓」を次世代につなげようと活動する熊本県玉名市在住・高谷和生さんの日常を追い、その思いに迫るドキュメンタリー。

熊本県玉名市に住む高谷和生さん(67)は、近隣・和水町の小中学校の図書館司書補助。平日は図書室の仕事をしながら、土日祝日は『戦争遺跡』の調査研究をおこない、戦争遺跡を通して平和の尊さを伝える活動をおこなっている。
高校時代は考古学部に所属。当時から歴史が好きで、大学でも考古学を専攻。卒業後、教師として支援学校に勤務していた時に、残されたままの戦争遺跡が数多くあることを知る。戦後60年をきっかけに本格的に戦争遺跡の調査研究をはじめ、のちに『くまもと戦争遺跡・文化遺産ネットワーク』を設立。戦後76年が過ぎた現在も、新たな戦争の爪痕を発見するなどし、「若い世代が戦争の実相を学べる環境づくり」と「平和を未来へ継続するための活動」を続けている。
戦争体験者から直接証言を聞ける機会は「あと数年」。時間が迫る中、戦争遺跡を考古学の視点で記録・検証し、体験者の証言とリンクさせることで、戦争の記憶と教訓を次世代へつなげようと活動する高谷さんの日常を追い、その思いに迫る。

出演者:高谷和生

制作局:テレビ熊本(TKU)

次回放送内容

OA:2026.10.11(日)

100 年前の1926年、現在の熊本県山鹿市鹿本町で、15歳の芹川文彰( せりかわ・ぶんしょう) さんが無声映画『実録 忠臣蔵』(1926 年公開) を鑑賞。その記憶を頼りに3 年をかけて、映画を丸ごと絵で再現したペン画集を作った。迫力あふれるタッチ、フキダシの中のセリフ、スピード感の描写などはまるでマンガのようだ。約500 コマ、160 ページにも及ぶ。しかし、それは家族以外の誰の目にふれることもなく、実家に眠っていた。芹川さんは東京の美術学校に進学し、病気のために中退。熊本に帰り、人付き合いはほとんどせず、実家で絵を描いて暮らした。最後の4年間は入院し、そこで描いた絵を病院のスタッフに全て譲り、73歳で亡くなった。2020年、伯父・文彰の遺品であるペン画集を芹川英治( えいじ) さんに見せてもらった元新聞記者の松尾 正一( まつお・しょういち) さんは驚き、京都の『おもちゃ映画ミュージアム』に見てもらった。偶然にもそこには、元の映画の66分短縮版フィルムが寄贈されていた。文彰さんのペン画集はそれを補完する映画史の資料として、また、マンガ史を語る上で貴重な資料とされている。ペン画集は「キネマ画」と名付けられ、2021年と2024年にそれぞれ京都で活動写真弁士・坂本頼光さんとピアニストの天宮遥さんによって上演され、絶賛された。そして、熊本市でも2025年12月14日、赤穂浪士討ち入りの日に活弁上演会を開催。300 席の会場は満席となり、90分に及ぶ大迫力の活弁と情感あふれるピアノ演奏で大成功を収めた。番組では芹川文彰さんが描いたキネマ画『忠臣蔵』の魅力を伝え、それをよみがえらせるために奔走する人々の思いを見つめる。

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