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これまでの放送内容

2026年2月8日(日)

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石牟礼道子の面影を追って

2018年に亡くなった作家・石牟礼道子さんが遺したノートや手紙などから、彼女がどのような生涯を送り、どのような思いで作品に向き合ったかを見つめる。

2021年9月に公開された映画『MINAMATA ミナマタ』で改めて水俣病問題に注目が集まった。劇中にも登場し、実際に被害者団体が抗議デモなどで掲げた『怨旗』は熊本の作家で2018年に亡くなった石牟礼道子さん(享年90)が考えたものだった。熊本市東区健軍にある真宗寺の一室では彼女の遺品を管理する『石牟礼道子資料保存会』が活動している。約300冊のノートからは未発表の詩や短歌などが発見されている。石牟礼さんに晩年まで寄り添った日本近代史家の渡辺京二さんは「社会派ルポライターといわれるが、詩人・歌人・小説家としての作品を読んでほしい」と語る。そして、2021年1月には、くまもと文学・歴史館で石牟礼さんの企画展が開催され、資料保存会が発見した、最初の小説『不知火』が公開された。番組では『石牟礼道子資料保存会』の活動や関係者のインタビューを軸に、文学者・石牟礼道子さんがどのような生涯を送り、どのような思いで作品に向き合ったかを見つめる。

出演者:【ナレーター】 中原理菜(TKUアナウンサー)

制作局:テレビ熊本(TKU)

次回放送内容

OA:2026.10.11(日)

100 年前の1926年、現在の熊本県山鹿市鹿本町で、15歳の芹川文彰( せりかわ・ぶんしょう) さんが無声映画『実録 忠臣蔵』(1926 年公開) を鑑賞。その記憶を頼りに3 年をかけて、映画を丸ごと絵で再現したペン画集を作った。迫力あふれるタッチ、フキダシの中のセリフ、スピード感の描写などはまるでマンガのようだ。約500 コマ、160 ページにも及ぶ。しかし、それは家族以外の誰の目にふれることもなく、実家に眠っていた。芹川さんは東京の美術学校に進学し、病気のために中退。熊本に帰り、人付き合いはほとんどせず、実家で絵を描いて暮らした。最後の4年間は入院し、そこで描いた絵を病院のスタッフに全て譲り、73歳で亡くなった。2020年、伯父・文彰の遺品であるペン画集を芹川英治( えいじ) さんに見せてもらった元新聞記者の松尾 正一( まつお・しょういち) さんは驚き、京都の『おもちゃ映画ミュージアム』に見てもらった。偶然にもそこには、元の映画の66分短縮版フィルムが寄贈されていた。文彰さんのペン画集はそれを補完する映画史の資料として、また、マンガ史を語る上で貴重な資料とされている。ペン画集は「キネマ画」と名付けられ、2021年と2024年にそれぞれ京都で活動写真弁士・坂本頼光さんとピアニストの天宮遥さんによって上演され、絶賛された。そして、熊本市でも2025年12月14日、赤穂浪士討ち入りの日に活弁上演会を開催。300 席の会場は満席となり、90分に及ぶ大迫力の活弁と情感あふれるピアノ演奏で大成功を収めた。番組では芹川文彰さんが描いたキネマ画『忠臣蔵』の魅力を伝え、それをよみがえらせるために奔走する人々の思いを見つめる。

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