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これまでの放送内容

2012年5月13日(日)

妹たちの“風”になりたい~家族の絆で走る公務員ランナー~

障害を持つ2人の妹たちのために走ることで希望を与えたいという熊本県球磨村役場に勤める公務員ランナー地下翔太さんと家族の物語です。

熊本県球磨郡球磨村役場に勤める地下翔太さんは、上武大学4年生だった2011年正月、箱根駅伝で復路の10区アンカーを走った経験を持つ公務員ランナー。就職後は、勤め先の球磨村役場のユニフォームで各種大会にエントリー、走ることで生まれ育った球磨村をアピールしている。とにかく走ることが大好きだという地下さんだが、ただ単に好きという理由だけで走っているわけではない。家族、中でも21歳と18歳の2人の妹たちの存在が地下さんの走りの原動力になっている。地下さんの2人の妹は突然歩くことができなくなる難病に幼小の頃かかり、現在は二人とも自宅から遠く離れた熊本市内の障害者施設で車いすでの生活を送っている。歩くこと、走ることができない2人の妹たちに自分の走りを見せることで勇気と希望を与えたいと思っている。そんな兄の気持ちを妹たちも十分理解し、優しいお兄ちゃんの気持ちに応えようと一生懸命生きている。妹たちにとって兄・翔太さんは憧れであり大きな目標になっている。そんな時熊本市の政令市移行記念の第1回熊本城マラソンが開催された。地下さんは、テレビの前で応援する2人の妹たちの前で公約通り、優勝を飾った。この優勝は、車イスの2人の妹たちに大きな刺激を与えた。妹たちは兄 翔太さんにサプラズプレゼントを贈ることにした。家族の絆を走るエネルギーに、熊本の公務員ランナー地下翔太さんと家族の物語です。

出演者:地下翔太さん(球磨村役場総務課) 地下真奈美さん(21) 地下美咲さん(18) 母・地下ナルミさん 【ナレータ―】 中原理菜(テレビ熊本アナウンサー)

制作局テレビ熊本(TKU)

次回放送内容

OA:2026.09.13(日)

 菊池恵楓園所者自治会の太田明副会長は今年1月、園内にかつて存在した野球チーム『オール恵楓』のユニホームを復刻した。それは園の憧れの的だった若者たちが着ていたものだった。園内で野球が盛んになったのは1930年で、居住区別の3チームと職員チームによる対抗戦が始まった。国による強制隔離が進み、いわゆる「患者狩り」に拍車がかかった結果、比較的症状の軽い高校生やノンプロ選手が入所したからといわれている。園内選抜チーム『オール恵楓』は1952(昭和27)年9月、トラックで初の県外遠征試合に出発。無断外出は厳しく処分されるおそれがあったが、患者たちは「園外で試合がしたい」と秘かに鹿児島県鹿屋市にある国立療養所星塚敬愛園の自治会と手紙をやり取りして、試合をする段取りをつけていた。トラックの荷台に布団を敷いて揺れに耐え、途中の道で警官に見つかった。運転手が「らい患者を輸送中だ」と偽ったところ、警官は「この道を通ったらいかん。山の中を通って行け」と蔑んだという。一行は約12時間かけて、星塚敬愛園に到着。1週間滞在して4試合を行い、2勝2敗だった。メンバーで一番若く補欠だった田中照幸さんは当時を懐かしく振り返った。一方、入所者自治会の太田明副会長は『オール恵楓』鹿児島初遠征の1952年、小学2年生のときに入所し、大いに野球を楽しんだ。そして、岡山県の国立療養所長島愛生園にかつて存在した『邑久高校 新良田教室』に進学し、野球部に所属。1960(昭和35)年夏、野球部は「俺達には修学旅行がないから、高校時代の思い出をつくろう」と園に「里帰りする」と偽って外出し、東日本5カ所の療養所を列車で巡る遠征試合を敢行した。園からの帰還命令を無視した大冒険に、太田さんは「あんな痛快で、開放感を味わったことはない」と振り返る。太田さんは恵楓園で野球が盛んだったことをを知ってもらおうと、恵楓園の一部施設跡地に2021年に開校した合志市立合志楓の森中学校野球部の部員と『オール恵楓』復刻ユニホームを着て、キャッチボールを楽しんだ。番組では、ハンセン病患者たちがいわれなき差別の中で見出した希望と情熱の日々を見つめる。

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