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これまでの放送内容 -2025年-

2025年5月25日(日)

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Re:Start~台風に消えた冬 スキー場復活の軌跡~

FNS九州8局が一丸となって取り組むドキュメント番組です。

1990年のオープン以来30年以上五ヶ瀬町のシンボルとして人々に親しまれてきた「五ヶ瀬ハイランドスキー場」。オープン後しばらくはスキーブームにより多くのスキー客を呼び込んでいたが、年々来場者は減り続け近年では苦しい経営が続いていた。そんな中2022年9月、台風14号が九州南部に上陸。五ヶ瀬町にも被害は及び、スキー場に続く唯一のアクセス道路が寸断。2年連続の営業中止となった。営業中止がスキー場の未来に影を落とす中、営業再開を信じ1人でスキー場に通い続ける従業員に密着しました。

制作局:テレビ宮崎(UMK)

2025年5月18日(日)

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チアがある!~青春をかけた2分30秒~

福岡工業大学附属城東高校チアリーディング部。約40人の部員を率いるのは、わずか5人の3年生。競技時間2分30秒に青春をかけた、彼女たちのひと夏を追いかけました。

笑顔のスポーツ、チアリーディング。アクロバティックな技を組み込んだ2分30秒の演技で、いかに観客を魅了できるかが採点される競技です。福岡工業大学附属城東高校チアリーダー部「ブルーエンジェルス」は、部員のほとんどが未経験からチアを始めたチーム。世界大会出場経験を持つ顧問の指導のもと、全国大会決勝の舞台を目指します。総勢約40人のチームを率いるのは、わずか5人の3年生。大怪我を乗り越え、1年ぶりに復帰したキャプテンを中心に、自身の葛藤やチームの問題にぶつかりながらも目標達成に向けて成長していきます。
部活に受験に懸命に取り組む、高校3年生チアリーダーの最後の夏に密着しました。

制作局:テレビ西日本(TNC)

2025年5月11日(日)

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しあわせになあれ

国指定の難病「ALS」と闘いながら、顧問を務める合唱部の子供たちと共に全国大会を目指す小学校教師。彼にとっての「しあわせ」とは?3年間に密着しました。

福岡県北九州市立日明小学校で合唱部の顧問を務める竹永亮太先生(35)。子供たちから慕われる竹永先生は国指定の難病「ALS(筋萎縮性側索硬化症)」、その中でもわずか1割とされる遺伝性の「家族性ALS」と闘っています。妻の三央さんには「子供が欲しい」という思いもありましたが、竹永先生は「自分の介護」と「子育て」が重なることへの不安を感じていました。そんなとき、希望の光となる国内初のALS治療薬の治験を受けることに。体を動かせる貴重な時間は合唱部の子供たちと向き合い、目標とする全国大会「金賞」を目指します。竹永先生にとって「しあわせ」とは?
難病と闘いながら挑戦を続ける竹永先生の3年間に密着しました。

制作局:テレビ西日本(TNC)

2025年5月4日(日)

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音なき世界、その隣で

「聞こえる人はみんな嫌い。」ただ普通の生活を望んでいた彼を襲った壮絶ないじめ。 音のない世界を生きるろう者の日常と現実から見えたもの、私たちにできることは。

宮崎県宮崎市。母、祖父と暮らす園田孝生さん、27歳。3人兄弟の末っ子として誕生し、唯一彼だけが音のない世界を生きている。家族の中で手話ができるのは孝生さんだけ。普段は口の動きを読み取り会話している。
「聞こえる人はみんな嫌い。」ただ普通の生活を望んでいた孝生さんが、聞こえる人に壁を作ったのは小学生の時。
毎日繰り返される壮絶ないじめ。人間不信になり、友人でさえ信じることができなくなった。そんな時、彼の心に入ってきたのは「ろう者と話したい」と手話を懸命に勉強していた聴者だった。
みんな同じ人間。未来の聞こえない子どもたちのために私たちにできることは。

制作局:テレビ宮崎(UMK)

2025年4月27日(日)

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つたえる~福島に寄り添う長崎の医師~

東日本大震災直後から被災地の福島に入り、放射線の健康影響つ伝え寄り添ってきた長崎大学の医師。あれから13年経った被災地の状況は?

2011年3月11日東日本大震災。福島第一原子力発電所がある福島県は、放射線災害の被害も重なり広範囲の避難となりました。その福島にすぐに支援に入ったのが、長長崎大学の教授で、医師の高村昇さんです。高村さんは、被ばく医療の専門チームの中心人物で、被爆地・長崎だからこそ培ってきた技術や知識をもって、現地の支援にあたっています。「被爆地・長崎、そしてチョルノービリで学んだ知識を福島の人たちのために生かす―。」
13年に渡り被災住民に寄り添ってきた長崎の医師を取材しました。

出演者:長崎大学教授/医師 高村昇さん

制作局:テレビ長崎(KTN)

次回放送内容

OA:2026.10.11(日)

100 年前の1926年、現在の熊本県山鹿市鹿本町で、15歳の芹川文彰( せりかわ・ぶんしょう) さんが無声映画『実録 忠臣蔵』(1926 年公開) を鑑賞。その記憶を頼りに3 年をかけて、映画を丸ごと絵で再現したペン画集を作った。迫力あふれるタッチ、フキダシの中のセリフ、スピード感の描写などはまるでマンガのようだ。約500 コマ、160 ページにも及ぶ。しかし、それは家族以外の誰の目にふれることもなく、実家に眠っていた。芹川さんは東京の美術学校に進学し、病気のために中退。熊本に帰り、人付き合いはほとんどせず、実家で絵を描いて暮らした。最後の4年間は入院し、そこで描いた絵を病院のスタッフに全て譲り、73歳で亡くなった。2020年、伯父・文彰の遺品であるペン画集を芹川英治( えいじ) さんに見せてもらった元新聞記者の松尾 正一( まつお・しょういち) さんは驚き、京都の『おもちゃ映画ミュージアム』に見てもらった。偶然にもそこには、元の映画の66分短縮版フィルムが寄贈されていた。文彰さんのペン画集はそれを補完する映画史の資料として、また、マンガ史を語る上で貴重な資料とされている。ペン画集は「キネマ画」と名付けられ、2021年と2024年にそれぞれ京都で活動写真弁士・坂本頼光さんとピアニストの天宮遥さんによって上演され、絶賛された。そして、熊本市でも2025年12月14日、赤穂浪士討ち入りの日に活弁上演会を開催。300 席の会場は満席となり、90分に及ぶ大迫力の活弁と情感あふれるピアノ演奏で大成功を収めた。番組では芹川文彰さんが描いたキネマ画『忠臣蔵』の魅力を伝え、それをよみがえらせるために奔走する人々の思いを見つめる。

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