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これまでの放送内容 -テレビ宮崎(UMK)-

2025年9月28日(日)

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モ~モ~母ちゃん奮闘記

日本三大秘境・椎葉村で牛の命を守るために奮闘する若き女性獣医師に密着!夜中の出産に突然の呼吸困難…。予測不可能な現場に立ち向かう彼女の苦悩と故郷への思いに迫る。

日本三大秘境の一つ、宮崎県椎葉村。ここに、牛の命を守るために奮闘する牛専門の女性獣医師がいる。椎葉村出身の宮下絢香先生、32歳。「獣医師になってここに帰ってくる」という強い想いを持ち続け、3年前に帰郷。夜中の出産や突然の呼吸困難など予測不可能な現場に日々立ち向かっている。牛が貴重な収入源となる山村で、農家の生活と牛の命との狭間で全力を尽くす彼女の苦悩とは。絢香先生は3歳の娘を育てる母としても奮闘中。鹿児島県で暮らす夫との新しい夫婦の形とは。

出演者:【プロデューサー】 鵜木健(テレビ西日本)  馬原弘樹(テレビ宮崎) 【ディレクター】 結城葵 【取材・編集】 魚住忠宏 【撮影助手】 中村駆 【ナレーター】 高巣由貴 【MA】 西村良和 【題字】 黒木美希

制作局:テレビ宮崎(UMK)

2025年7月6日(日)

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若き王者 寺田匠

若くして格闘技の最高峰K-1の王者に上り詰めた青年。初の防衛戦は、プロで唯一の敗北を喫した相手とのリベンジ戦。勝ち続けなければならない重圧と戦う日々を追った。

若くして格闘技の最高峰K-1の王者に上り詰めた青年。初の防衛戦は、プロで唯一の敗北を喫した相手とのリベンジ戦。チャンピオンとして勝ち続けなければならないプレッシャーは今までに経験したことのないものだった。果たして、“若き王者”はチャンピオンベルトを守ることはできるのか?試合までの日々を追った。

制作局:テレビ宮崎(UMK)

2025年5月25日(日)

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Re:Start~台風に消えた冬 スキー場復活の軌跡~

FNS九州8局が一丸となって取り組むドキュメント番組です。

1990年のオープン以来30年以上五ヶ瀬町のシンボルとして人々に親しまれてきた「五ヶ瀬ハイランドスキー場」。オープン後しばらくはスキーブームにより多くのスキー客を呼び込んでいたが、年々来場者は減り続け近年では苦しい経営が続いていた。そんな中2022年9月、台風14号が九州南部に上陸。五ヶ瀬町にも被害は及び、スキー場に続く唯一のアクセス道路が寸断。2年連続の営業中止となった。営業中止がスキー場の未来に影を落とす中、営業再開を信じ1人でスキー場に通い続ける従業員に密着しました。

制作局:テレビ宮崎(UMK)

2025年5月4日(日)

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音なき世界、その隣で

「聞こえる人はみんな嫌い。」ただ普通の生活を望んでいた彼を襲った壮絶ないじめ。 音のない世界を生きるろう者の日常と現実から見えたもの、私たちにできることは。

宮崎県宮崎市。母、祖父と暮らす園田孝生さん、27歳。3人兄弟の末っ子として誕生し、唯一彼だけが音のない世界を生きている。家族の中で手話ができるのは孝生さんだけ。普段は口の動きを読み取り会話している。
「聞こえる人はみんな嫌い。」ただ普通の生活を望んでいた孝生さんが、聞こえる人に壁を作ったのは小学生の時。
毎日繰り返される壮絶ないじめ。人間不信になり、友人でさえ信じることができなくなった。そんな時、彼の心に入ってきたのは「ろう者と話したい」と手話を懸命に勉強していた聴者だった。
みんな同じ人間。未来の聞こえない子どもたちのために私たちにできることは。

制作局:テレビ宮崎(UMK)

2025年3月2日(日)

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若き王者 寺田匠

若くして格闘技の最高峰K-1の王者に上り詰めた青年。初の防衛戦は、プロで唯一の敗北を喫した相手とのリベンジ戦。勝ち続けなければならない重圧と戦う日々を追った。

若くして格闘技の最高峰K-1の王者に上り詰めた青年。初の防衛戦は、プロで唯一の敗北を喫した相手とのリベンジ戦。チャンピオンとして勝ち続けなければならないプレッシャーは今までに経験したことのないものだった。果たして、“若き王者”はチャンピオンベルトを守ることはできるのか?試合までの日々を追った。

制作局:テレビ宮崎(UMK)

次回放送内容

OA:2026.10.11(日)

100 年前の1926年、現在の熊本県山鹿市鹿本町で、15歳の芹川文彰( せりかわ・ぶんしょう) さんが無声映画『実録 忠臣蔵』(1926 年公開) を鑑賞。その記憶を頼りに3 年をかけて、映画を丸ごと絵で再現したペン画集を作った。迫力あふれるタッチ、フキダシの中のセリフ、スピード感の描写などはまるでマンガのようだ。約500 コマ、160 ページにも及ぶ。しかし、それは家族以外の誰の目にふれることもなく、実家に眠っていた。芹川さんは東京の美術学校に進学し、病気のために中退。熊本に帰り、人付き合いはほとんどせず、実家で絵を描いて暮らした。最後の4年間は入院し、そこで描いた絵を病院のスタッフに全て譲り、73歳で亡くなった。2020年、伯父・文彰の遺品であるペン画集を芹川英治( えいじ) さんに見せてもらった元新聞記者の松尾 正一( まつお・しょういち) さんは驚き、京都の『おもちゃ映画ミュージアム』に見てもらった。偶然にもそこには、元の映画の66分短縮版フィルムが寄贈されていた。文彰さんのペン画集はそれを補完する映画史の資料として、また、マンガ史を語る上で貴重な資料とされている。ペン画集は「キネマ画」と名付けられ、2021年と2024年にそれぞれ京都で活動写真弁士・坂本頼光さんとピアニストの天宮遥さんによって上演され、絶賛された。そして、熊本市でも2025年12月14日、赤穂浪士討ち入りの日に活弁上演会を開催。300 席の会場は満席となり、90分に及ぶ大迫力の活弁と情感あふれるピアノ演奏で大成功を収めた。番組では芹川文彰さんが描いたキネマ画『忠臣蔵』の魅力を伝え、それをよみがえらせるために奔走する人々の思いを見つめる。

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