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これまでの放送内容 -テレビ長崎(KTN)-

2023年8月1日(火)

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しあわせの刻(とき)

西彼時津町の画家夫婦は、ある日妻が進行性の難病だと診断される。衰弱していく妻を支えながら夫は懸命に介護する。大切な時間をかみしめるように暮らす夫婦の姿を追った。

 長崎県の西彼時津町に住む岩永夫妻は共に画家として活動してきた。ある日、絵がうまく描けなくなったことから妻が病に侵されていることが分かる。病名は「意味性認知症」。認知症全体でも1%に満たないという極めて症例が少ない進行性の難病だ。言葉の意味が理解できなくなってしまうために周囲とのコミュニケーションが取れない。そして次第に妻は言葉を発することも、感情を表すこともできなくなった。食事もうまく取れないためどんどん衰弱している。それでも夫は普段通りの生活を意識しながら、妻に絶えず話しかけ、食事や身の回りの世話をし、外出する前にはメイクも行う。弱っていく妻を見るのは辛いが、ただひたすらに妻への思いを貫きながら懸命に介護する夫。大切な時間を噛みしめるように暮らす夫婦の姿を追った。

出演者:【ナレーター】本田舞(テレビ長崎) 【ディレクター】松本栄里子/石橋亮一 【撮影】松本栄里子/宿輪大介/松本翔 【タイトル】原かの香 【MA】下田貴徳 【プロデューサー】鵜木健(テレビ西日本)/山口俊男(テレビ長崎) 【制作】テレビ西日本・テレビ長崎

制作局:テレビ長崎(KTN)

2023年1月24日(火)

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しあわせの刻(とき)

西彼時津町の画家夫婦は、ある日妻が進行性の難病だと診断される。衰弱していく妻を支えながら夫は懸命に介護する。大切な時間をかみしめるように暮らす夫婦の姿を追った。

 長崎県の西彼時津町に住む岩永夫妻は共に画家として活動してきた。ある日、絵がうまく描けなくなったことから妻が病に侵されていることが分かる。病名は「意味性認知症」。認知症全体でも1%に満たないという極めて症例が少ない進行性の難病だ。言葉の意味が理解できなくなってしまうために周囲とのコミュニケーションが取れない。そして次第に妻は言葉を発することも、感情を表すこともできなくなった。食事もうまく取れないためどんどん衰弱している。それでも夫は普段通りの生活を意識しながら、妻に絶えず話しかけ、食事や身の回りの世話をし、外出する前にはメイクも行う。弱っていく妻を見るのは辛いが、ただひたすらに妻への思いを貫きながら懸命に介護する夫。大切な時間を噛みしめるように暮らす夫婦の姿を追った。

出演者:【ナレーター】本田舞(テレビ長崎) 【ディレクター】松本栄里子/石橋亮一 【撮影】松本栄里子/宿輪大介/松本翔 【タイトル】原かの香 【MA】下田貴徳 【プロデューサー】鵜木健(テレビ西日本)/山口俊男(テレビ長崎) 【制作】テレビ西日本・テレビ長崎

制作局:テレビ長崎(KTN)

2022年10月11日(火)

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ふるさとの風景~池島炭鉱閉山から20年~

九州最後の炭鉱の島「池島」。閉山から20年、今は島からスーパーも交番もなくなった。それでもなお島に残る家族。彼らが池島に残る理由とは?

かつて8000人が暮らした九州最後の炭鉱の島「池島」。炭鉱で栄えたこの島も、2001年の炭鉱閉山を機に人口を減らします。閉山から20年。島からはスーパーも交番もガソリンスタンドもなくなりました。今は約100人ほどがここで暮らしています。近藤一家は3世代の家族。閉山後も池島に残り生活を続けています。島の自治会長も務める秀美さんは、自分を育ててくれた池島を離れられずにいます。その孫の雄大くんは受験生。島に高校はなく、いずれは島を離れます。近藤一家を通して、池島の今をみつめます。

出演者:【ナレーション】 川波美幸(KTN)【撮影】 小濱良太 (ハマはうかんむりの下が眉) 【ディレクター】 渡海竜馬

制作局:テレビ長崎(KTN)

2022年9月19日(月)

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長崎だけ救われない~被爆者ではない“被爆体験者”と呼ばれて~

原爆に遭いながらも被爆者と認められていない「被爆体験者」。約20年被爆者認定を求め続けてきた背景には、ウクライナ侵攻や核問題など“今” につながる理由があった。

「被爆体験者」とは、原爆投下時に爆心地から12キロ圏内にいながらも、国が定めた「被爆地域」の外だったとして、被爆者ではないとされている人たちのことです。

広島では、国が定めた「援護区域」の外で黒い雨を浴びた人たちが被爆者と認められましたが、長崎は救済の対象外となっています。
「被爆者と認めてほしい」。被爆体験者はなぜ20年近くも訴え続けているのか。その思いに迫ります。(「ドキュメント九州」KTN制作番組)

制作局:テレビ長崎(KTN)

2022年8月15日(月)

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海の墓標

長崎県の五島列島沖合に眠る旧日本海軍の潜水艦24艦。太平洋戦争終結直後、アメリカ軍によって海没処分された。海に眠る戦争遺構が私たちに伝えようとしているものとは。

長崎県五島市福江島から東南東およそ35キロの海底に「潜水艦の墓場」と呼ばれる場所がある。太平洋戦争終結の翌年、アメリカ軍が世襲した旧日本海軍の潜水艦は佐世保に集められ、五島列島沖合でアメリカ軍によって沈められた。旧日本海軍の潜水艦24艦は、今もその海底に眠っている。この海域を大学教授らが無人潜水機などを使い調査。様々な資料と照合し、全24艦の名前を特定した。その中には広島原爆の運命を変えたかもしれない潜水艦が存在した。それら潜水艦の多くは実戦でも使われた特攻兵器、人間魚雷「回天」を搭載していた。そしてもうひとつ実戦で使われた特攻兵器が存在する。旧日本海軍の水上特攻艇「震洋」。かつて「震洋」の訓練所が長崎県東彼杵郡川棚町にあった。極秘の特攻作戦だったため、資料はほとんど残されていなかった。しかし2021年、新たな写真が発見された。旧日本海軍の潜水艦、そして水上特攻艇「震洋」。それぞれの関係者は今、何を思うのか。戦争遺構が私たちに伝えようとしているものとは。

制作局:テレビ長崎(KTN)

次回放送内容

OA:2026.10.11(日)

100 年前の1926年、現在の熊本県山鹿市鹿本町で、15歳の芹川文彰( せりかわ・ぶんしょう) さんが無声映画『実録 忠臣蔵』(1926 年公開) を鑑賞。その記憶を頼りに3 年をかけて、映画を丸ごと絵で再現したペン画集を作った。迫力あふれるタッチ、フキダシの中のセリフ、スピード感の描写などはまるでマンガのようだ。約500 コマ、160 ページにも及ぶ。しかし、それは家族以外の誰の目にふれることもなく、実家に眠っていた。芹川さんは東京の美術学校に進学し、病気のために中退。熊本に帰り、人付き合いはほとんどせず、実家で絵を描いて暮らした。最後の4年間は入院し、そこで描いた絵を病院のスタッフに全て譲り、73歳で亡くなった。2020年、伯父・文彰の遺品であるペン画集を芹川英治( えいじ) さんに見せてもらった元新聞記者の松尾 正一( まつお・しょういち) さんは驚き、京都の『おもちゃ映画ミュージアム』に見てもらった。偶然にもそこには、元の映画の66分短縮版フィルムが寄贈されていた。文彰さんのペン画集はそれを補完する映画史の資料として、また、マンガ史を語る上で貴重な資料とされている。ペン画集は「キネマ画」と名付けられ、2021年と2024年にそれぞれ京都で活動写真弁士・坂本頼光さんとピアニストの天宮遥さんによって上演され、絶賛された。そして、熊本市でも2025年12月14日、赤穂浪士討ち入りの日に活弁上演会を開催。300 席の会場は満席となり、90分に及ぶ大迫力の活弁と情感あふれるピアノ演奏で大成功を収めた。番組では芹川文彰さんが描いたキネマ画『忠臣蔵』の魅力を伝え、それをよみがえらせるために奔走する人々の思いを見つめる。

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