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これまでの放送内容

2010年11月28日(日)

フィルムよ甦れ ~昭和初期の一揆映画~

江戸時代の農民一揆を映画化したフィルムが現存します。保存が悪く試写もままならないフィルムを復元しようと試みる人たちと、一揆の指導者の子孫などの思いは…。

製作は昭和初期。軍靴の響きが世を覆う世相下、当時の人たちがお上に対する“造反”にどういう思いを抱きながら映像化を試みたのでしょうか。描いたのは、江戸後期、唐津藩領で起きた「虹の松原一揆」。譜代大名の藩主・水野忠任はこれまでにないほどの重税を布告します。これに反発した農民たちは立ち上がり、2万5千を数える大規模な一揆へと。藩側の手の及ばない天領との境界近くという地の利を活かしながら、非武装・無血で20日間を抗し抜き、藩側から要求を勝ち取りました。そして一揆を指導しのちに処刑された大庄屋、冨田才治はその侠気の行動から今でも地元で“義民”と称えられ、その名は誇り高く語り継がれています。見つかった35ミリのフィルム。1933年(昭和8年)に完成した映画「義民 冨田才治」。しかし80年近くを経たフィルムは、前後の脈絡なく継ぎ接ぎだらけ。サイレント映画で台本もありません。番組ではこのフィルムを何とか復元し、地元の人たちに観てもらおうと奮闘するひとりの老学者の姿を追います。復元を試みる人たちは、このフィルムで、映画が語る本当のストーリーへの証言を得ることを願って活動を続けます。

制作局:サガテレビ(STS)

次回放送内容

OA:2026.10.11(日)

100 年前の1926年、現在の熊本県山鹿市鹿本町で、15歳の芹川文彰( せりかわ・ぶんしょう) さんが無声映画『実録 忠臣蔵』(1926 年公開) を鑑賞。その記憶を頼りに3 年をかけて、映画を丸ごと絵で再現したペン画集を作った。迫力あふれるタッチ、フキダシの中のセリフ、スピード感の描写などはまるでマンガのようだ。約500 コマ、160 ページにも及ぶ。しかし、それは家族以外の誰の目にふれることもなく、実家に眠っていた。芹川さんは東京の美術学校に進学し、病気のために中退。熊本に帰り、人付き合いはほとんどせず、実家で絵を描いて暮らした。最後の4年間は入院し、そこで描いた絵を病院のスタッフに全て譲り、73歳で亡くなった。2020年、伯父・文彰の遺品であるペン画集を芹川英治( えいじ) さんに見せてもらった元新聞記者の松尾 正一( まつお・しょういち) さんは驚き、京都の『おもちゃ映画ミュージアム』に見てもらった。偶然にもそこには、元の映画の66分短縮版フィルムが寄贈されていた。文彰さんのペン画集はそれを補完する映画史の資料として、また、マンガ史を語る上で貴重な資料とされている。ペン画集は「キネマ画」と名付けられ、2021年と2024年にそれぞれ京都で活動写真弁士・坂本頼光さんとピアニストの天宮遥さんによって上演され、絶賛された。そして、熊本市でも2025年12月14日、赤穂浪士討ち入りの日に活弁上演会を開催。300 席の会場は満席となり、90分に及ぶ大迫力の活弁と情感あふれるピアノ演奏で大成功を収めた。番組では芹川文彰さんが描いたキネマ画『忠臣蔵』の魅力を伝え、それをよみがえらせるために奔走する人々の思いを見つめる。

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