ページトップ
TNCメニュー

これまでの放送内容

2010年5月22日(土)

挑戦 外国人看護師候補者の現実

福岡市の病院で看護助手として働くインドネシアの青年ムリヤディ。 彼は、EPA事業という日本で看護師を目指す日本政府主導のプロジェクトに参加、およそ100人のインドネシア人とともにおととし来日した。

看護師候補者と呼ばれている彼はまだ日本に来て2年にも満たない。
しかし、このプロジェクトでは来日して3年以内に日本の看護師の国家試験に合格し資格をとらないと帰国しなければならないという厳しい条件がある。
そして今年2月、彼は2回目の国家試験の日を迎えた…病院での業務や試験勉強、そして合格発表から一時帰国にいたるまで彼とその仲間たちの生活に密着しながら、理想と現実のはざまで葛藤する看護師候補者たちの本音にせまる。

出演:看護師候補者 ムリヤディ(インドネシア出身 福岡市在住)

制作局テレビ西日本(TNC)

次回放送内容

OA:2026.08.16(日)

2020年、1人の女性と出会った。桑代チノさん(当時91歳)。チノさんが生まれ育ったのは鹿児島県南九州市知覧町。かつて本土最南端の特攻基地があった場所だ。1945年3月特攻隊が次々と編成された当時、知覧高等女学校の女学生だったチノさんは命令で特攻隊員の奉仕活動にあたった。隊員の世話にあたった女学生は約100人。校章の「なでしこの花」から“なでしこ隊”と呼ばれた。チノさんには忘れられない日があった。4月12日第二次総攻撃が行われた日。次々と飛び立つ特攻隊員を、八重桜を振って見送った。当時を語り出すチノさんの目は涙で濡れる。チノさんは、入退院を繰り返す様になった。そして、話を聴くことさえできなくなる。チノさんの長男の照明さんが戦争を語り継ぐ活動を始めた。“なでしこ隊”だった母の仲間たちに話を聴く。“なでしこ隊”の思いに胸を打たれ、やがて多くの人々へ母の経験した“なでしこ隊”の記憶を語り始めた。日本人の88.8%が戦後生まれになった今、チノさんたち“なでしこ隊”が語ってくれた言葉から改めて80年前の戦争について考える。

年別アーカイブ

制作局

  • LINEで送る
ページの先頭へ