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これまでの放送内容

2020年9月1日(火)

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ロックと不発弾

街を愛し、ロックを愛する男は沖縄に刺さる棘を抜き続けてきた。

沖縄本島中部沖縄市、今も昔もコザと呼ばれ愛される街。この街で育った豊田益市さん(69)。彼は様々な顔を持つ。呼ばれればどんなイベントでもロック演奏をするロックミュージシャンかと思えば沖縄に刺さる棘、不発弾を探査する磁気探査会社「沖縄中央エンジニアリング」の会長、また、街の通り会の会長にロックミュージックバー「Sideways」の経営者。69年間、止まることなく走り続ける彼はどのような想いでロックミュージックを歌い続けるのか?不発弾探査という一歩間違えば爆発事故に巻き込まれてしまう可能性がある仕事にどのような思いで向き合ってきたのか。街を愛し、ロックを愛する69歳、年齢もロックな親父はいったい何者なのか?コザの街とは?沖縄の不発弾の現状とは?彼を追いかけロックと不発弾をお伝えします。

制作局沖縄テレビ放送(OTV)

次回放送内容

OA:2026.06.21(日)

戦後80年、今年も終戦の夏を迎えた。熊本県八代市坂本町鮎帰(あゆがえり)にある西福寺(浄土真宗本願寺派)の山本隆英住職(87歳)は、その節目にちなんで或る企画を進めていた。夏の法要と合わせて行う戦時資料の展示会だ。布教本、聖典、教団からの手紙、さらに旧陸軍省からの感謝状などお寺に残されていたものだ。この中で、往時の軍国主義を窺わせる象徴的なものが在る。紙芝居の中で、お寺の副住職に赤紙(召集令状)が届く場面は『天皇陛下のお召しだったのであります』と紹介されている。戦意高揚を謀り、教団が国にがんじがらめに宗教統制されている様が垣間見える。戦争を賛美する資料の数々、山本住職は展示会でこれらと戦没者の家々を回り撮り溜めた遺影を紹介した。お寺に法要に来た門徒らは悲痛な面持ちでムラの戦争を感じ取っていた。満州事変に始まり日中戦争から太平洋戦争へと突き進んだ日本は、この十五年戦争で約310万の国民が犠牲になった。ムラでは105人が戦死したと云う。兵隊の命は“一銭五厘”と言われ、ハガキ(召集令状)の値段と同じ値打ちしかないと軽視されたのである。あの戦争から80年、日本人は何を学んだのか。終わりが見えないウクライナ紛争や台湾をめぐる情勢など、世界各地で平和が脅かされている。日本人の誰しもが願っているのは、日本が再び戦争への道に向かわないことだ。番組は、国策に抗うことなく戦争協力していった教団の過去の事実に目を向け、懸命に反戦を唱える山本住職の一念に迫る。

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