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これまでの放送内容

2016年7月3日(日)

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涙の向こうに~熊本地震 避難所小学校の日誌~

2016年4月の熊本地震で甚大な被害が出た益城町。広安西小学校は苦しい中にも明るさを…と学校に内閣を作り避難所を運営。奮闘する先生や避難者の2カ月を追った。

2016年4月14日と16日、死者49人、行方不明者1人、住宅被害14万棟以上という未曽有の大地震に見舞われた熊本県。その中でも、震度7を2度も観測した上益城郡益城町は、県内でも甚大な被害が出た自治体の一つだ。町内の小学校は地震後すぐに町指定の避難所となり、支援物資が足りない!避難者のプライバシー保護は?と混乱する所も多かった。そんな中、広安西小学校は少し違った。校長は総理大臣、教頭は官房長官、先生たちはそれぞれの役割に応じ、ユニークな肩書の大臣や長官などに任命され、小学校に内閣が発足したのだ。これは「苦しい時こそユーモアを忘れず、少しでも職員室から明るい雰囲気を広げたい」という井手文雄校長の発案で、実際、先生たちもその名に恥じぬよう奮闘していた。また、そこに避難している人たちも、その明るさに支えられていた。番組では、被災地となり避難所となっても、なお、前向きな学校現場の2カ月を追った。

出演者:【ナレーション】 中原理菜(テレビ熊本アナウンサー)

制作局テレビ熊本(TKU)

次回放送内容

OA:2026.08.09(日)

約310万人に及ぶ日本人が命を失った太平洋戦争は80年前の8月15日、終戦を迎えた。中学4年で終戦を迎えた立元良三さん(96)は、「国のために命をささげることが当たり前と思っていた」と少年時代を振り返る。自らを「軍国少女だった」と振り返る吉峯睦子さん(99)は、空襲で変わり果てた故郷の様子を絶望の思いとともに日記に記した。鹿児島空襲で7人の家族を失った春成幸男さんは、今年百歳。「自分も一緒に死ねば良かった」と語る。戦争体験者の高齢化に伴い、戦争の「記憶」は「歴史」へと変わりつつある。80年前の鹿児島で何があったのか。当事者の記憶と、その記憶に基づく「思い」を語り継ぐ。

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