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これまでの放送内容

2019年7月30日(火)

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テレビで会えない芸人… ―松元ヒロの世界―

一人のお笑い芸人が今、ひっそりと注目を集めている。その芸人はテレビに出ることはない。それでいて、公演のチケットは入手困難。その芸人の名は、松元ヒロ、66歳だ。

 松元ヒロは鹿児島生まれ。高校時代は鹿児島実業高等学校陸上競技部で都大路を駆け抜け、その後、法政大学法学部政治学科へ。箱根を目指したが、いつしかお笑いの道へと進んだ。パントマイムから始まった芸能の世界。その後、コント集団「ザ・ニュースペーパー」を結成。社会風刺の笑いは人気を集め、あの立川談志に“お前を芸人と呼ぶ”とまで言われた。
 その松元ヒロが独立し、今年で20年目になる。“社会”を“笑いで切る”そのスタイルはより一層磨きがかかっていた。
 2019年春、松元ヒロは新たな公演に挑んでいた。“社会の弱者のために…”思いが舞台で爆発する。会場は大いに笑い、やがて静まり、涙する。TVで会えない66歳芸人の姿は今の社会を映し出していた。

出演者:松元 ヒロ

制作局:鹿児島テレビ放送(KTS)

次回放送内容

OA:2026.10.11(日)

100 年前の1926年、現在の熊本県山鹿市鹿本町で、15歳の芹川文彰( せりかわ・ぶんしょう) さんが無声映画『実録 忠臣蔵』(1926 年公開) を鑑賞。その記憶を頼りに3 年をかけて、映画を丸ごと絵で再現したペン画集を作った。迫力あふれるタッチ、フキダシの中のセリフ、スピード感の描写などはまるでマンガのようだ。約500 コマ、160 ページにも及ぶ。しかし、それは家族以外の誰の目にふれることもなく、実家に眠っていた。芹川さんは東京の美術学校に進学し、病気のために中退。熊本に帰り、人付き合いはほとんどせず、実家で絵を描いて暮らした。最後の4年間は入院し、そこで描いた絵を病院のスタッフに全て譲り、73歳で亡くなった。2020年、伯父・文彰の遺品であるペン画集を芹川英治( えいじ) さんに見せてもらった元新聞記者の松尾 正一( まつお・しょういち) さんは驚き、京都の『おもちゃ映画ミュージアム』に見てもらった。偶然にもそこには、元の映画の66分短縮版フィルムが寄贈されていた。文彰さんのペン画集はそれを補完する映画史の資料として、また、マンガ史を語る上で貴重な資料とされている。ペン画集は「キネマ画」と名付けられ、2021年と2024年にそれぞれ京都で活動写真弁士・坂本頼光さんとピアニストの天宮遥さんによって上演され、絶賛された。そして、熊本市でも2025年12月14日、赤穂浪士討ち入りの日に活弁上演会を開催。300 席の会場は満席となり、90分に及ぶ大迫力の活弁と情感あふれるピアノ演奏で大成功を収めた。番組では芹川文彰さんが描いたキネマ画『忠臣蔵』の魅力を伝え、それをよみがえらせるために奔走する人々の思いを見つめる。

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