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これまでの放送内容

2022年10月4日(火)

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24歳、ありのままの私。

森千沙都さん、24歳。彼女の夢は自分のカフェをオープンすること。1度きりの人生を自分らしく生きるため、ただ「好き」にまっすぐ生きる彼女に密着した。

森千沙都さん、24歳。3歳の娘を育てるシングルマザー。彼女は1カ月に一度通院し、持病「クローン病」の症状を抑えるため投薬治療を行っている。そんな彼女の夢は自分のカフェをオープンすること。「自分の人生で、やりたいと思ったことをやらなかったら後悔するんじゃないか」。ただひたすらにまっすぐ“好きなことをしたい”24歳に、同い年のディレクターが密着した。

制作局テレビ宮崎(UMK)

2022年9月26日(月)

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監督の教え

奄美大島の鹿児島県立大島高等学校野球部。2022年3月の選抜甲子園の出場権を勝ち取った。様々な壁にぶつかりながら、夢へと向かう大島高校野球部の9カ月に密着した。

鹿児島市から南へ380キロ、世界自然遺産の島、奄美大島。島の公立高校の野球部が注目を集めていた。鹿児島県立大島高等学校野球部。2021年秋、離島勢として初の鹿児島県大会優勝。続く九州大会でも準優勝。2022年3月の選抜甲子園の出場権を勝ち取った。
注目を集めたのは、その戦いぶり。先発選手はもちろんのこと、ベンチ組もそしてベンチ外の選手達も心一つに進む“全員野球”。秋の県大会では6試合中4試合がサヨナラ勝ちだった。劇的な試合運びで選手たちが躍動する大島高校野球部には、一体どんな「教え」があるのかー。
「野球も人生も大切なことは同じ」だと語る赴任9年目の塗木哲哉監督(54)。様々な壁にぶつかりながら、夢へと向かう大島高校野球部の9カ月に密着した。

出演者:【語り】川崎宗則(鹿児島県出身)

制作局鹿児島テレビ放送(KTS)

2022年9月19日(月)

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長崎だけ救われない~被爆者ではない“被爆体験者”と呼ばれて~

原爆に遭いながらも被爆者と認められていない「被爆体験者」。約20年被爆者認定を求め続けてきた背景には、ウクライナ侵攻や核問題など“今” につながる理由があった。

「被爆体験者」とは、原爆投下時に爆心地から12キロ圏内にいながらも、国が定めた「被爆地域」の外だったとして、被爆者ではないとされている人たちのことです。

広島では、国が定めた「援護区域」の外で黒い雨を浴びた人たちが被爆者と認められましたが、長崎は救済の対象外となっています。
「被爆者と認めてほしい」。被爆体験者はなぜ20年近くも訴え続けているのか。その思いに迫ります。(「ドキュメント九州」KTN制作番組)

制作局テレビ長崎(KTN)

2022年9月12日(月)

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ゴージャス理枝が行く

沖縄県・那覇市でエステサロンを経営するゴージャス理枝(本名: 赤嶺理枝)が取り組むのは困窮世帯への食料支援。孤立する母親たちの自立に向け奔走する彼女の原点に迫る。

南国の島・沖縄で今なお根深く残る「貧困問題」。親から子へとその連鎖が続く現状に真っ向から立ち向かう女性が沖縄県・那覇市にいる。彼女は自らのことを「ゴージャス理枝」と名乗る。
ゴージャス理枝はエステサロンを経営する傍ら、ボランティアで困窮世帯に食料を届ける活動を行う。どんな時もおしゃれに手を抜かず、明るくパワフルに。孤立する母親たちのもとに駆け付ける。自身の時間と労力を惜しまず、なぜここまで食料支援に奔走するのか。ゴージャス理枝の活動の日々とその原点を追った。

出演者:ゴージャス理枝(女性を元気にする会) マツ毛美紀(女性を元気にする会) 【ナレーター】 小林美沙希(沖縄テレビアナウンサー)

制作局沖縄テレビ放送(OTV)

2022年9月5日(月)

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続 復興へんろ道 82歳 スーパーボランティアと呼ばれて・・・

尾畠春夫さんは2014年、震災復興を願い本州一周を歩いた。その後、スーパーボランティアとして広く知られる尾畠さんだが、今も変わらない寄り添う気持ちに迫る。

大分県日出町に住む尾畠春夫さん(82)は2018年に行方不明の男の子を無事救助し、一躍「スーパーボランティア」として有名になった。ドキュメント九州では脚光を浴びる前の2014年、当時74歳の尾畠さんが取り組んだ本州一周の徒歩の旅について放送した。東日本大震災に衝撃を受け、被災地では災害ボランティアに汗を流した尾畠さん。復興を願うがあまり、お遍路さんの格好をして本州一周およそ4000キロの「復興へんろ道」を歩き通した。それから8年…尾畠さんは82歳となり、いつしか世間からはスーパーボランティアと呼ばれ、多くの人に知られる存在となった。自身を取り巻く状況は変化したものの、誰よりも被災地の復興を願う気持ちに変わりはなかった。番組では「復興へんろ道」に挑んでからの尾畠さんのその後を伝える。

出演者:尾畠春夫さん 【ナレーション】 御手洗慶子(テレビ大分アナウンサー)

制作局テレビ大分(TOS)

次回放送内容

OA:2024.11.24(日)

八代市坂本町の鮎帰(あゆがえり)地区にある日光(にちこう)棚田。標高420メートル、里山に囲まれ階段状に連なる田畑の景色はどこか懐かしく安らぎを覚えます。1999年『日本の棚田百選』にも選ばれました。しかし、今は過疎化と相次ぐ離農で耕作放棄地が目立ち、田んぼは畑に切り替わり棚田の風情は過去のものとなろうとしています。この日光棚田で僅かに残った数枚の田んぼで唯一米作りに取り組んでいるのが、野口修さんです。年齢は87歳、農業の経験も無ければ地主でもありません。 野口さんは、2016年広島から坂本町に単身移住、79歳の時でした。数年後日光棚田に出会います。それは素人目線の安易な発想だったかもしれません。廃れていく棚田に想いを募らせ景観を維持できないかと…、野口さんは2020年元米農家の田んぼを借りて米作りを始めます。春は田起こし、苗ができれば田植え、収穫の秋まで水の管理や田の草取り、厄介なシカの防除に至るまで片時も目が離せません。野口さんは苦労をものともせず、四度目の秋を迎えることができました。 野口さんは収穫の喜びとは別に、新たな目標に向かって歩き出していました。本人曰く“僧侶”になると、坂本町へ移住を世話してくれたお寺の住職の力になければと話します。住職の体調を案じた末の決断でした。僧侶の資格を取るため、野口さんはこれまで通信教育でお寺の宗派に関する作法やお経を学んできました。最終課程は京都、得度(とくど)習礼(しゅらい)と呼ばれる修行に入ります。 80歳を目前に単身移住。棚田の景観を守ろうと挑む米作り。そして、今度は僧侶になろうと一念発起。野口さんは、鮎帰の里に新しい風を起こそうとする革命児なのかも!? 何が自身をそうさせるのか!?世の中を憂い立ち上がった青春期に答えは有るようです。 荊(いばら)の道を怯まず自らを進化させ続ける野口さんは間もなく米寿。人生100年時代を迎え、余生を謳歌する今はまだ旅の途中かも知れません。番組では、自らの信念と向き合う野口さんが何を求め何処へ向かおうとしているのか、終の棲み家に選んだ里の日々を追います。

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