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これまでの放送内容 -テレビ長崎(KTN)-

2025年11月2日(日)

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真実のバレー~名将の思いをつなぐ最後の教え子たち~

高校のバレー部を15回の日本一に導いた長崎の名将・井上博明さんが亡くなった。最後の教え子は西海市西彼杵高校バレー部25人。恩師の教えを信じる彼女たちに密着した。

長崎県西海市にある西彼杵高校。バレーボール部の監督、井上博明さんが2025年4月がんで亡くなった。
井上さんは佐世保市の九州文化学園女子バレー部を15回の日本一に導いた名将だ。
西彼杵の監督に就任すると、わずか2年でインターハイベスト8、春高初出場に導く手腕をみせた。
井上さんは自身のバレーを「真実( こころ) のバレー」と表現する。残された最後の教え子25人は「真実のバレー」を追い求めながら、井上さんに感謝を伝えるため勝利を目指す。

出演者:ナレーション:山口史泰(テレビ長崎アナウンサー)

制作局テレビ長崎(KTN)

2025年8月10日(日)

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長崎だけ救われない~被爆者ではない“被爆体験者”と呼ばれて~

原爆に遭いながらも被爆者と認められていない「被爆体験者」。約20年被爆者認定を求め続けてきた背景には、ウクライナ侵攻や核問題など“今”につながる理由があった。

「被爆体験者」とは、原爆投下時に爆心地から12キロ圏内にいながらも、国が定めた「被爆地域」の外だったとして、被爆者ではないとされている人たちのことです。

広島では、国が定めた「援護区域」の外で黒い雨を浴びた人たちが被爆者と認められましたが、長崎は救済の対象外となっています。
「被爆者と認めてほしい」。被爆体験者はなぜ20年近くも訴え続けているのか。その思いに迫ります。

制作局テレビ長崎(KTN)

2025年4月27日(日)

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つたえる~福島に寄り添う長崎の医師~

東日本大震災直後から被災地の福島に入り、放射線の健康影響つ伝え寄り添ってきた長崎大学の医師。あれから13年経った被災地の状況は?

2011年3月11日東日本大震災。福島第一原子力発電所がある福島県は、放射線災害の被害も重なり広範囲の避難となりました。その福島にすぐに支援に入ったのが、長長崎大学の教授で、医師の高村昇さんです。高村さんは、被ばく医療の専門チームの中心人物で、被爆地・長崎だからこそ培ってきた技術や知識をもって、現地の支援にあたっています。「被爆地・長崎、そしてチョルノービリで学んだ知識を福島の人たちのために生かす―。」
13年に渡り被災住民に寄り添ってきた長崎の医師を取材しました。

出演者:長崎大学教授/医師 高村昇さん

制作局テレビ長崎(KTN)

2025年3月30日(日)

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シンチャオ!~ベトナム・五島交流記~

長崎県五島市の福江島で最近よく見かけるのが若いベトナム人留学生たち。島で暮らす留学生と町の人たちの出会い。どんな時間が生まれているのか日常を追いかけました。

長崎県五島市の福江島。自然が豊かで観光にも人気の島で最近よく見かけるのが若い外国人たち。五島日本語学校に通うベトナム人留学生です。それぞれの夢や思いを持ってアルバイトと勉強を両立する学生たちの存在は、人口減少、少子高齢化が進む五島の町の人たちにとってどんな存在なのか。学生たちにとって五島はどんな場所なのか。島で暮らす留学生と町の人たちのちょっとほっこりする出会い。どんな時間が生まれているのか日常を追いかけました。

出演者:五島日本語学校のみなさん、五島市のみなさん

制作局テレビ長崎(KTN)

2025年1月12日(日)

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こざかなクン

高校生の中山波音くんは、幼い頃から魚に夢中。釣りや飼育の他、魚の解体ショーを人前で披露するなど「こざかなクン」としての活動も行っている。そんな彼にはある悩みが…

出演者:こざかなクン:中山波音くん

制作局テレビ長崎(KTN)

次回放送内容

OA:2026.06.21(日)

戦後80年、今年も終戦の夏を迎えた。熊本県八代市坂本町鮎帰(あゆがえり)にある西福寺(浄土真宗本願寺派)の山本隆英住職(87歳)は、その節目にちなんで或る企画を進めていた。夏の法要と合わせて行う戦時資料の展示会だ。布教本、聖典、教団からの手紙、さらに旧陸軍省からの感謝状などお寺に残されていたものだ。この中で、往時の軍国主義を窺わせる象徴的なものが在る。紙芝居の中で、お寺の副住職に赤紙(召集令状)が届く場面は『天皇陛下のお召しだったのであります』と紹介されている。戦意高揚を謀り、教団が国にがんじがらめに宗教統制されている様が垣間見える。戦争を賛美する資料の数々、山本住職は展示会でこれらと戦没者の家々を回り撮り溜めた遺影を紹介した。お寺に法要に来た門徒らは悲痛な面持ちでムラの戦争を感じ取っていた。満州事変に始まり日中戦争から太平洋戦争へと突き進んだ日本は、この十五年戦争で約310万の国民が犠牲になった。ムラでは105人が戦死したと云う。兵隊の命は“一銭五厘”と言われ、ハガキ(召集令状)の値段と同じ値打ちしかないと軽視されたのである。あの戦争から80年、日本人は何を学んだのか。終わりが見えないウクライナ紛争や台湾をめぐる情勢など、世界各地で平和が脅かされている。日本人の誰しもが願っているのは、日本が再び戦争への道に向かわないことだ。番組は、国策に抗うことなく戦争協力していった教団の過去の事実に目を向け、懸命に反戦を唱える山本住職の一念に迫る。

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