佐賀県重要無形文化財の指定を受ける「名尾手すき和紙」をつくる和紙職人。江戸時代から300年続く技術と伝統をひとり継承している。
7代目にあたる長男、谷口弦には個性的な作品が多い。一見、石にしか見えない「紙」、Tシャツを漉きこんだ「紙」など。300年の伝統だけにとらわれず、漉くものの個性を加えることで歴史はつながり、名尾和紙の新たな未来が拓けるという。
2021年8月、佐賀県地方は記録的な豪雨に見舞われた。谷口の工房、自宅とも甚大な被害を受けた。土石流に追われ、いったんは家族で非難したが、雨が降り続く中、紙漉きの道具を守るため工房に戻った。代々受け継いできた道具は、今では作れる職人がいない。
名尾手すき和紙は障子紙や提灯用の紙として重宝されてきたが、昭和の終わり、生活様式の変化で和紙の需要が減り売れなくなった。ある日、失敗して丸めた紙を見た客の一言が谷口を変えた。「味があって良い」これまで薄く均一の紙を漉く技術を追求してきたが、厚みを変え、デザインを施すことでインテリアとしての和紙を確立する。
名尾手すき和紙6代目にあたる谷口の師匠は、父親の谷口進。80才で引退する際「とうとう上手にならなかった」と漏らした。谷口も自分の仕事に満足したことがないという。満足しないことが次の仕事の糧へと繋がる。
谷口は地元、背振山麓の自然を漉きこむことで、和紙をインテリアに変えた。野に咲く花、広葉樹の葉など素材は様々だ。自分を表現する「芸術家」でなく、「職人」でありたいという。作品を手にする客が満足すること、客の注文に応えることに誇りを感じる。