幕末、薩摩藩の集成館事業の一環として作られた工芸品「薩摩切子」は戊辰戦争から西南戦争に至る混乱の中で途絶えてしまった。数少ない現存する薩摩切子や文献、図録のみ確認できる色と形を頼りに、100年の時を隔てて復元した、鹿児島市の薩摩切子作家、中根櫻龜。
幕末の薩摩切子には直線の幾何学文様ばかりで曲線はほとんどない。直線は誰がひいても同じになるが、曲線には十人十色の個性が出る。また、自然をテーマにガラスを刻む櫻龜にとって、曲線は必須だった。伝統的な直線の文様に櫻龜の独創性を加えて新しい薩摩切子の世界を生み出す。
幕末の薩摩切子には現存する4色のほかに、金赤と黄色の2色があったと文献には残っている。これを復元することで華やかなラインナップが実現した。また単色でなく2つの色ガラスを重ねる「色被(き)せ」の手法を編み出し、削る線の深さで色の濃淡を変えるグラデーションを作ることで、豊かな彩の作品製作につながった。
薩摩切子を復元するにあたり、現存する作品が少なかったため、古い文献と図録が頼りだったという。当然、指導する師匠は無く、道具の製作から始めた。名画を模写するように、線の1本1本をたどり、硝子に刻む深さを変え、全く同じものを復元するうち江戸の職人の魂が乗りうつり、声が聞こえてきた。
今年7月、東京・日本橋三越で4年ぶりの個展を開催した中根櫻龜。「季のうつろい」をテーマに日本の四季を薩摩切子で表現した。個展では自ら作品解説するトークショーを行う。薩摩切子が綺麗なだけではなく、その先にある日本の文化や日本人の美意識も感じてほしいからだという。
優れた技術を持つ九州各地の匠たちを紹介している「匠の蔵」。
9月の匠は薩摩切子作家の中根櫻龜さん。取材を終えた歌人・俵万智さんが見どころを語りました。