剛腕の完全復活が近づいてきた。昨年12月に右肘の手術を受けた甲斐野央投手(24)が5月末に登板した今季初の2軍戦で、新人だった2019年に並ぶプロ入り後最速の158キロをマークした。10カ月半ぶりに実戦復帰した5月上旬の3軍戦から1カ月足らずで修正して進化した姿を披露。その裏にエースとベテランの”愛のムチ”があったことを明かした。(取材・構成=米田祐樹、大和拓未)
衝撃的な17球だった。5月29日の2軍広島戦。甲斐野は特別な思いとともにファームの本拠地、タマスタ筑後のマウンドに上がった。「まずは自分のピッチングをしよう、と」。無観客開催のため声援はなかったが、スタンドにファンがいればおそらくどよめきが起きたであろう剛球を連発した。
先頭打者をフォークで見逃し三振。続く打者は156キロで空振り三振。両軍ベンチが異様な空気に包まれる中、3人目は158キロで空振り三振を奪った。直球は全て155キロ超。3者連続奪三振の完璧な内容で堂々とマウンドを後にした。
新人だった2019年にチーム最多の65試合に登板し、オフは侍ジャパンでも活躍。20年はさらなる飛躍が期待されたが春季キャンプで右肘を痛め、実戦は7月の2軍戦で一度投げたきりで12月にメスを入れた。年が明けて5月8日、3軍戦で約10カ月半ぶりに実戦復帰。その後、登板間隔を少しづつ短くしながら非公式の3軍戦で5試合に登板し、ようやくたどり着いた2軍公式戦だった。
フォームは3週間前の3軍戦と比べると明らかに変わっていた。踏み出す左足を大きく上げることなく、コンパクトに右腕を振る。「一から変えた」という大胆な改革を決断したのは、ある日、筑後のロッカー室で2人の先輩にもらった言葉が胸に突き刺さったからだ。左足首靭帯損傷でリハビリ中のエース千賀と、1軍で登板間隔が空いたことでたまたまファームで調整していた大ベテランの和田。その日が、自分にとっての「分岐点だった」と振り返る。
「『何も考えていないおまえが158キロ投げて、1軍で1年間(2019年)投げて、いい変化球も投げて、親に失礼だろ。何も考えずにあれだけの球を投げられるなら、もっと考えれば最大限の力を出せるじゃないか、このまま終わっていいのか』と。がっつり、きつめのことだけど、自分を思って言ってくださって火がついた。こんなにすごい人たちがこんなに考えている。あの(リハビリの)1年半があったんだからと、自分に違うスイッチが入った」
ドラフト1位で入団した甲斐野のセールスポイントは大学時代に159キロを計測した剛球。1年目の派手な活躍で味わった”天国”から”地獄”に突き落とされ、心が折れそうになった。「もう2019年のようには投げられない。変化球、コントロール主体のピッチャーに」と自分の武器を封印する寸前のところで、2人にハッとさせられた。そこから、リハビリ期間とは違ったアプローチで自分の体と真摯に向き合う作業が始まった。
「試行錯誤してやってきたことが正解が不正解かは分からないし、完成ではない。でも日々勉強。この1年半は無駄ではなかった。去年の2軍戦は自分に嘘をついたというか翌日に痛みがあったけど、今回はあの時のような変な痛みもない。徐々に光が見えてきているのかなと思う」
自身がいない間に同期の泉や板東、1年遅れで入団した津森が台頭し、故障に苦しんでいた岩嵜が復活。1軍のブルペンは森、モイネロを欠いて厳しい状態とはいえ、自分が簡単に戻れる場所ではないことは分かっている。その上で、はっきりと言い切った。
「中継ぎ陣のレベルは高いけど、そこに食い込まないといけない」
衝撃の158キロをマークした1週間後、2度目の2軍戦は押し出し四球などで1回1失点。連投などクリアすべき課題も待っている。一つ一つ階段を上がりながら、背番号20が2年ぶりの1軍マウンドを目指す。
(TNC「ももスポ」3日オンエア・YouTube「ももスポチャンネル」より)